「いや、変わんないっすよ。オレはケガしないから」
明治安田J1リーグ 第11節の神戸戦でフル出場を果たした永井謙佑は、いつも通りのぶっきらぼうな口調でさも当然のごとく“長寿”の秘訣を教えてくれた。35歳の大ベテランとは思えないハードワークが基準のプレースタイルは控えめに言って驚異的であり、なぜパフォーマンスを維持できるのかは誰もが知りたいところ。加齢は身体能力とは基本的には反比例するものであり、今なおJリーグ最速クラスのスピードを誇る永井のコンディショニングには誰もが興味の湧くところ。しかし前述のように彼は「変わんないっすよ」と多くを語らず、煙に巻く。いや、もったいつけているわけではないのだ。彼にとって身体のケアや身体コントロールは、やって当たり前の基礎だから。
変わらない、の意味を探るため、古い取材メモを掘り返してみる。10シーズン前の2015年、永井はこんなことを言っていた。
「今はだいたい1時間半前くらいに来て、風呂に入って筋肉を温めてから、必要なら治療やケアをしてもらって練習に出ていきます。筋肉系のケガはしたくないんですよ。リハビリもしたくないから、事前の準備で防げるところは防ごうと思って。プロ1年目は練習開始30分前とかに来てたんですけどね」
永井の口癖は「肉離れだけはしない」だ。自らのプレースタイルを追求すればするほど、筋肉系の負傷は選手としての致命傷になると常々意識を高めてきた。前述のケアもさることながら、プレー中にも意識は及ぶ。
「自分の歩幅ってあるから、それを超えて負荷をかけに行くと、バナる(肉離れする)んですよ。だから足の出し方は考えますし、そうやって足を伸ばさなきゃいけない場面が来たら、身体ごと行きます。一か八かのタイミングでも行かなきゃいけないなら、もうスライディングですね。そうやって力を流していかないと、バナる。別に考えてやっているわけではなく、感覚ですけどね」
激しさと速さが共存するあの動きの中に、ケガ予防のための意図が無意識レベルで組み込まれている。なるほどと思って永井のプレーを改めて反芻すると、チェイシングの際にコンタクトが生じた場面も駆け抜けるようにしてボールにチャレンジする姿が目に浮かぶ。これも「力を流す」のひとつに違いない。プロ14年目で到達した400試合という大台は平均すれば、年間30試合ほどの出場数が必要になる。汗血馬のごときタフさと、無事是名馬を地で行く頑丈さを持ち合わせるのが永井という男だ。過去には肩の脱臼や足首の骨挫傷で欠場することもあったが、長期と呼べるほどの期間を欠場したことはない。
もうひとつ、永井がパフォーマンスを維持できる秘訣は天性の走り方にもあるようだ。つい先日の35歳の誕生日の際にも「走り方がそもそも肉離れする走り方じゃない。みんなハムストリングスに来ると言うけど、ハムには来ない」と言っていたが、10年前にも同様に、「サッカー選手ってよくモモ裏を肉離れするけど、僕はあまりモモ裏に負担がかからない。人と違う走り方をしてるのかもしれない」と話していた。その当時は「張るのはモモ前と、スネ」と言い、今は「足裏が張る。足首が強いのもたぶんあるんじゃないかな」と少しの変化も。そうやって考えてから永井の走りを見ていると、常にかかとが浮いているように見える。ターンの時や、方向転換の時でさえもだ。極端な言い方をすれば、永井は膝から下で走っている。
もちろん、不断の努力や言わないだけで多くのトレーニングを積み重ねてきた成果でもある。彼の出身大学は福岡大で、いわゆる“スペシャルトレーニング”が話題になっていた頃でもあった。「大学の時に勉強したり、いろいろな人からアドバイスをもらった。中には『猫背を治したら足が速くなる』とかもありましたけど(笑)」と25歳の永井は笑った。猫背の件は「変に走り方を変えたら筋肉の負荷のかかり方も変わっちゃうから」と丁重に断り、昨季のリーグ開幕イベントの席では自らの注目ポイントに「猫背」を挙げて笑いを誘ったのだからさすがと言うしかない。プロ入り数年で明らかにビルドアップされた肉体についても頑なに「何もしていない」と言い張り、「懸垂を気分が乗った時にするだけ」と煙に巻かれた。しかし“気分で”の割には同僚の川又堅碁が「永井さんの背筋はエグい」と感嘆するほどの出来で、彼が速さだけでなく空中戦にもめっぽう強くなったのはこれぐらいの時期からだった。何だかんだ言って、彼ほど自分の身体と対話し、パフォーマンスの質に気を遣ってきた選手もいないのだ。
時計の針を現在に戻して、400試合出場を達成した神戸戦の試合後のことである。取材エリアで我々報道陣と話していると、試合前イベントなどの出演のためにスタジアムを訪れていたOBの田中隼磨さんが永井のもとにやってきた。「ハユさんは何試合ですか?」「430くらいかな」「抜くのは来年だなあ」と談笑し、「試合に出るだけじゃないよ、結果もだよ」と愛ある激励をもらった。実は田中さんのJ1通算は420で、Jリーグ通算の570試合はなかなかに遠い数字だが、J1の通算数なら今季中に超えることも可能だ。シーズンは残り27試合で、永井ならば決して到達できない数ではない。
何より彼はまだまだ飢えている。0-2で敗れたこの日の試合、ひとまず「400試合のことからかな?」と聞くと、「400試合どうでもいいよ、負けたことが悔しい」と言葉少なだった。では、と試合のことをひとしきり聞いて、落ち着いたところで改めて記録について触れる。「1試合、1試合の積み重ねかなって。プロになったタイミングでそんな、『400試合出るんだ』なんて思ってもないですし。300の時に400いけるとも思ってなかった」。確かにそうだ。何百試合に出場しようと思ってプレーする選手はいない。選手は試合に出るために、出て勝つためにプレーする。そのために永井は負傷との闘いを避け続けてきたのだ。「肉離れしたら引退。それぐらいの感じでやっている」。この年齢でこのプレースタイルを大きく変えることなく第一線で活躍できている理由が、この一言に詰まっている。永井謙佑はまだまだJリーグのピッチで“スピード違反”を繰り返し、名古屋を勝利に導く。
Reported by 今井雄一朗