【取材ノート:名古屋】名古屋グランパス四季折々:大粒の涙に見た決意と覚悟。ピサノアレクサンドレ幸冬堀尾がまたひとつ、ステップを上がった日

「自分でも思いもしなかったですよ」。2025JリーグYBCルヴァンカップ 1stラウンド 2回戦、富山とのPK戦にまでもつれ込む激戦の後、ピサノアレクサンドレ幸冬堀尾は号泣していた。最後のPKを外して泣き崩れた佐藤瑶大を抱き起こしたのは一番近くにいたGKのピサノだったが、彼もまた泣いていたのだ。サポーターにあいさつに行き、ロッカールームに引き上げる間、彼は人目もはばからず泣き続けた。泣きはらした目で取材エリアに姿を見せた197cmは高ぶった気持ちを落ち着けるように、ポツリ、ポツリとその理由を語る。
「PKをひとつしか止められなかったことと、普通に負けちゃいけない試合だったので。その試合でチームを勝たせられなかったっていうのはすごく悔しい。まだ見直すべき点はあって、チームとしても個人としても修正するところはあると思うので、今はしっかり切り替えて、また次に向かってみんなでやっていかないとな、って思います」
チームを勝たせられなかった、という言葉に彼の想いを見る。それはアカデミー時代からの“師匠”である、楢﨑正剛GKコーチの口癖であり、座右の銘であり、GKとしての矜持だったからだ。この言葉は正守護神であるシュミット ダニエルにとっても永遠のテーマであり、偶然か必然か、名古屋のGKに受け継がれるパワーワードになりつつある。プロ2年目のピサノはこれが通算でも2試合目の公式戦出場で、まだ19歳とチームの責任を負わずとも許される年齢ではある。しかし、この言葉を聞くとプロとしての自覚だけでなく、元日本代表とポジションを争う男の覚悟が見えた気がして、内心嬉しくもあった。

富山との戦いで見せたピサノのパフォーマンスは上々だった。序盤こそ「まだ緊張している部分があって、あんまり自分の素の状態というか、いつも練習でやれていることはできてなかったんですけど」と戸惑いも見せたが、時間の経過とともに落ち着きを取り戻し、持ち味のフィードも大胆に通しだすと、本業のセービングでも見せ場を作る。0-0で迎えた83分に武颯のシュートをきっちり防ぐと、延長に入ってすぐの古川真人の決定機も確実に遠くへとはじき返す。99分にはついに失点してしまうが、これも味方DFのミスから始まった絶体絶命の場面で一度、二度と至近距離のシュートを止めている。長身ながら俊敏な反応もさることながら、二度目のセーブは足を巧みに使ったブロッキングであったことは見逃せない。先代の背番号1、ランゲラックから「それはお前にしかない強みだから、もっと極めて武器にしていくべきだ。状況によって上手く使っていけば、選手としての幅が広がってくる」とアドバイスされていた、ピサノならではの持ち味である。
PK戦も1本目を止め、チームを鼓舞した。その直前、延長戦でも決着がつかずベンチ前で準備をしている際には、楢﨑GKコーチとずっと話をしていた。時に笑顔を交え、それでも気合の入った表情は崩さずに。「PK戦について、あとは『ほんとに自分を信じて、自分の決めた方向に全力で飛んで、最後までしっかりボールを見て落ち着いて』という話をしていました」とピサノ。そして改めて、PK戦を振り返る。
「練習からけっこうPKを受けていたんですけど、…1回も止めたことがなかったんですよ。でも今回はデータもちょっとあったんですけど、1本目を止められた。すごくチームとしても有利な状況になったというか、それでだいぶ余裕をもってPK戦に臨めていたのかな、というのは思うんです。でも、やっぱりそこでもう1本を止めるっていうのは必要になってくると思うし、1本じゃ足りてないっていうのはすごく思います。今日もそれで負けたんで、そう強く感じているんで。次は2本、3本と止められるようにもう1回練習して、次はチームを勝たせられるようにって思っています」
やはり“チームを勝たせられるように”と言う。これは本物である。試合を通して落ち着いてプレーできていたのは、普段の練習から試合のイメージを膨らませていたからだと言い、「トレーニングと試合のスピード感やテンポ感は違うので、試合でしか感じられないものはやっぱりありました」とこれでさらなるリアリティが日々のトレーニングに加わった。今季はリーグ戦でのベンチ入りの機会も増え、チームからの期待も感じているだろう。敗戦は残念だが、若いキーパーにとってこの悔しさはより高く飛ぶためのバネになる。

とはいえカップ戦からの敗退はこうした若手の貴重な実戦の場が減るということでもあり、今後のピサノはよりトレーニングや練習試合でのアピールが重要にもなってくる。シュミットの牙城は高く、良いお手本であると同時に勝たねばならないライバルでもある。GKチームは家族のような存在でもあるが、それとこれとは話が別だ。そういった立場も重々理解して、ピサノは次のステップを見定める。
「まずはリーグです。リーグ戦も今は勝てていない状況なので、そこに向けてまずは自分が何ができるかとか、チームに対して自分はどうしたらプラスの方向に持っていけるかっていうことをしっかり振り返りたい。もっとチームに貢献できることはあるし、もっとチームの力にならなきゃいけないんだ、っていうことはすごく感じているので。今年のルヴァンカップの試合はもうないですけど、リーグと、天皇杯もあるので、そこに向けてしっかりチームが、チームとして良い方向にむかっていけるように。もっと自分は自分を見つめ直していかないとなって思います」

楢﨑GKコーチが「大学に行かせるのではなく、トップで育てたい」と提案したこともあり、昨季のトップチーム昇格を果たした大器は、またひとつ貴重な経験を積んだ。まさか泣くとは思わなかった、というセリフに嘘の色合いは感じられず、それはつまり本人も思っていた以上に“チームを勝たせるGK”としての自覚や気質が彼に備わっていたということなのだろう。「絶体絶命を防いでこそ名古屋のGK」とシュミットは言ったが、その片鱗をこの日のピサノは見せてくれた。涙は決意の表れだ。ちょっと長いがピサノアレクサンドレ幸冬堀尾、Jリーグの表記ルールでは文字数オーバーになるので「アレックス」と略されてしまうが、この名前を覚えておいてほしい。“名古屋のGK”である。
Reported by 今井雄一朗