
「えっ、なんでそこに?」。歓喜に沸くベスト電器スタジアムの中で、筆者はただただ驚くばかりだった。
0-0で迎えた明治安田J1リーグ第6節・FC東京戦の後半アディショナルタイム。自陣でボールを奪ってからのカウンター、センターバックの安藤智哉は迷わず前線へと駆け上がる。「本来なら後ろでリスク管理する中で、チャンスだと思ったので、ゴール前に行きました」。同じセンターバックの田代雅也からのクロスを力強いヘディングで叩きこんだ。
「ウェリントンの後ろはやっぱり空きますし、あれだけ強い選手がいるとディフェンスも一人じゃ守り切れないと思うので、そういった面では練習とか、これまでの試合を振り返ってもやっぱり(あのスペースが)空くなというのはありましたし、本当にたし君(田代)のボールも良かったので、みんなでつないだボールが僕のところに来たと思います。後半は本当にホームの雰囲気というか、そういうのを感じましたし、何か押せ押せムードがあったので、改めてベススタの良さというのを感じました。手拍子もチャントもそうですし、一体感をすごく感じました」
チームを今シーズンホーム初勝利に導く値千金の決勝点は、安藤自身にとって移籍後初ゴールであり、J1初ゴール。「咄嗟に」体が向いたのは紺色に染まるゴール裏。右手を突き上げながら一直線に走り、雨降る寒空の下でも熱い声援を送り続けてくれたサポーターと喜びを分かち合った。
プロ入り5年目の26歳。J3の今治、J2の大分で実績を残し、今シーズン初めてJ1の舞台に辿り着いた。ここまでゴールだけでなく、攻守に大きな存在感を示しているのが背番号20。190㎝の高さを活かした空中戦をはじめ、地上戦でも類まれな対人の強さで相手のストライカーを封じるだけでなく、配給にも優れ、スペースを見つけては前へボールを持ち運び、的確な楔のパスで攻撃の起点にもなるまさに現代型のセンターバックだ。
シーズン前に感じていたJ1のスピード感や強度の違いに対しても第2節で移籍後初出場を果たすと、試合を追うたびにアジャストしていった。「本当に日に日にJ1の選手になってきている」と金明輝監督が言うように成長スピードは凄まじく、「皆さんが見ていただいている通りだと思います。僕から特に言うことはありません」とゲームキャプテンを務める田代に言わしめるほどの活躍を見せる安藤。チームの3連勝、そして3試合連続クリーンシートに大きく貢献し、今や福岡に欠かせないプレイヤーになっている。
「落ち着いて相手を見ながら(プレーする)というところはテーマというか、自分の中でリラックスしながら(プレーする)というのは考えながらやっていますし、本当に落ち着いてやれるところも何個かありました。やっぱり後ろが安定すれば前も余力持って攻撃できますし、今日(FC東京戦)は守備の連動も良いところもありました。やっぱり(良い)守備からの攻撃というのはこれからもやっていきたいと思います。まだまだ守備でも攻撃でももっともっと改善してもっと上手くなれるように。その思いを忘れずにやっていきたいと思います」
ミックスゾーンで安藤の言葉を聞きながら、不意にある一人の選手の顔が頭に浮かんだ。それは、福岡で生まれ育ち、今や名門アーセナルに所属しながら怪我さえなければ日本代表の主軸を担う冨安健洋のことである。姿勢は常に謙虚。どれだけ素晴らしいプレーを見せても、どんなに周囲から称えられても満足はしない。自分が思い描く高い理想に近づくために客観的な視点で冷静に自身を見つめ、課題と向き合いながら与えられたチャンスで自らの力を遺憾なく発揮して結果を残していく。只者ではない雰囲気を醸し出す姿が2017年まで福岡で目にしていた男と重なる。
「複数得点を取れればまた新しいアビスパが見えてくると思うので、そういったところにもフォーカスしながら守備も0(無失点)を継続しながらやっていきたいと思います。守備の対応でもそうですし、攻撃でももっと起点となるプレー。本当にまだまだやっていかなければいけないことはたくさんあると思う」
福岡から世界に羽ばたく可能性を秘めたスケールの大きな存在が今、アビスパにはいる。自らの手で次々と道を切り拓いていく安藤から目が離せない。
Reported by 武丸善章