最後まで長谷部茂利監督らしい立ち振る舞いだった。アビスパ福岡で指揮を執るラストゲーム。明治安田J1リーグ第38節・川崎F戦の後半アディショナルタイム、アウェイの地に指揮官のチャントである「紺色の長谷部アビスパ」が響き渡る。敗戦を告げる試合終了のホイッスルが吹かれてもサポーターの熱量が変わることはない。この5年間の感謝の想いを精一杯伝えようと必死に声を嗄らすゴール裏の気持ちに応えるべく歩みを進めた。
「今日だけではなく、5年間の想い、応援していただいた、コロナ禍で大変だった時もいつも応援していただいた、クラブハウスにも来て声をかけてもらったということがありました。いつも私は試合が終わってから(ゴール裏に)あんまり行きませんし、前節はホーム最終戦だったので、行って挨拶はしたつもりだったんですけれど、私のチャントをアウェイの地であんなに大きな声で歌われると、嬉しい反面、(相手に)少しご迷惑がかかってはいけないと思って、早く収めないとと思って。もちろん川崎さんのセレモニーの最中に、そんなことはしないと思うんですけれども、なるべくみなさんの想いも受けたいし、受け止めるし、自分の想いも表現したいということで、(博多)手1本で終わるということで感謝の気持ちを伝えてきました」
濃密な5年間だった。2020年、当時J2の福岡の監督に就任した長谷部監督は、前年J3への降格の危機もあったチームを見事に立て直し、J1昇格を果たすと、2021年はJ1で8位。5年に1度昇格し、翌年には降格を繰り返す福岡のジンクスと呼ばれた「5年周期」に終止符を打った。2022年はリーグ戦14位、ルヴァンカップではベスト4に進出。2023年はリーグ戦でクラブ史上最高位となる7位、ルヴァンカップでクラブ史上初のタイトルを獲得。今シーズンは目標にしていたリーグ戦6位以上、カップ戦ベスト4以上には届かなかったが、残留争いに巻き込まれることなく、リーグ戦を12位でフィニッシュ。昇格、残留、優勝と福岡に大きな功績を残した。
他のJ1クラブと比べて資金力があるわけではない。選手層が厚いわけでもない。この5年間、怪我やコンディション不良、コロナ禍によって選手編成に苦しんだ時も多くあった。それでも長谷部監督が作り上げた一体感があってアグレッシブに戦うチームは、例えどんな強い相手が来ようともひるむことはなかった。
強度の高さ、切り替えの早さ、連動したプレス、体を張った粘り強い守備、縦に鋭い攻撃。長谷部アビスパを構成する様々な要素はどんな時も軸がブレることのない監督のチームマネジメントによって形成されていった。
自分たちは何のために存在し、何のためにやっているのか。目的意識をしっかりとチーム全員に持たせ、チーム全員でつながることの大切さを説いた。
誰に対しても謙虚で真摯に、真っ直ぐに向き合ってくれるのが長谷部監督。「選手が主役です。選手たちにいろいろ聞いてあげてください」。取材をしているとよく耳にする言葉だ。時に優しく、時に厳しく、愛情たっぷりに選手たちに接し、各々が持っている力を最大限に発揮させることに注力してきた。
もっとできるよ。前向きな言葉に選手たちは励まされ、自信を持ち、ピッチ上で自身の特長を目一杯表現しようとチャレンジする姿をいつも目にしてきた。そんな薫陶を受けてきた選手たちを代表して3選手の言葉を紹介したい。
「本当に思っていることは正直に伝えてくれる監督であり、人間性のところですごい方だなと思います。(自分自身)11年(選手)のキャリアがある中の7年間を一緒に過ごして、どこから試合に出始めて、自分のことを周りが認知してくれるようになったかと言えば、シゲさん(長谷部監督)と出会ってからであって、そこから試合に出たりしながらJ1昇格、J1残留、タイトル獲得というところまで、一緒にいい時間を共有できたと思っているので、その年月が長い分、そういう想いは、多分、他の選手よりも大きいのかなと思います」(前寛之)
「自分自身、いろいろなことをこの1年教わりました。本当に真摯に、真剣に、真っすぐに、シゲさんの想いだったり、意見だったり、いろんな考えだったりを教えてくれて、自分は本当に感謝しかありません。それはどの選手もすごく思っていることですし、だからこそ今日(川崎F戦)勝ちたかったという想いがあります。これから自分たちがサッカー人生を歩む中で成長した姿を見せないといけないと思っているので、そこはもっともっとこだわってやっていきたいと思います。(長谷部監督は一つの)言葉というより雰囲気作り。チームが上手くいくような雰囲気作りだったり、そういう言葉掛けだったり、日頃の練習から前向きなミスに対しての声掛けだったり、そこは一つの言葉じゃないですけど、常に『次もチャレンジしよう』『次ももっと前向きにやらないといけない』という想いにさせてくれる声掛けをしていただいていました。それは自分だけじゃなくて、選手みんなが、前向きなミスに対しては良い形で声を掛けてもらっていたので、そこは自分の中で印象に残っています。今までシゲさんのような伝え方(の人)は初めてだったので。シゲさんはすごく真っ直ぐだと思います。だから選手(の心)に響くし、シゲさんのために勝とうという想いになりますね」(松岡大起)
「僕にとって、プロになって一番長い監督になりましたし、本当に3年間でいろいろな試行錯誤を繰り返しながら成長をさせてもらえましたし、いろいろなアドバイスももらえたので本当に恩人みたいな人だと思っています。これからシゲさんに教えてもらったことを活かしながら、もっともっと成長していけるように頑張らなければいけないという気持ちでいます。自分らしくプレーするという言葉はとても印象に残っています。自分が試合になかなか絡めない時だったりとかに、とても言ってもらったので、すごく感謝しています」(前嶋洋太)
試合にほとんど絡んでいない選手でも決して下を向くことなく、そういった選手が試合に出た時に、普段出ている選手が心の底からサポートする姿がこの5年間、福岡にはいつも存在していた。そのために長谷部監督は「観ること」を大切にしてきた。
「選手というのは、ピッチに立ってスタートから出て自分が活躍したらこれでOKです。練習はいいんだけれどベンチにも入れない。これは何も良くないですね。とにかく試合に出て活躍したい、それが選手です。ですからそこに不満は必ずあります。なので、その不満をどうやって自分の力に変えていくかというところを意識して話しかけたり、周りからの選手同士のサポートも、コーチのサポートも含めて、『この辺が足りないからなかなか試合に絡めないね』という話をしたりしています。何も分からないでずっと探っているようでは、この先がなくなってしまうので、そういうことを意識して声かけしながらやってきたつもりです。選手がやっていることに対して『観る』ということは怠りません。自分の目が開いている時、自分の手が空いている時はなるべく観ることで情報を得たいと思っています。そのうえで、そこに対して私もコメントするし、観られていることで本人が何かを考えて、何かを感じて練習するだろうし、すぐ練習から上がるだろうし(笑)、そういうところはそれぞれあると思いますが、観ていないのにコメントをしてしまうのは、これは想像ですね。想像で人の人生は動かせないと思っています。自分の目で観て、自分の頭で考えて、それをフィードバックしてあげると、それは正しい私の意見だと思います。でも観てもいないし、人から聞いた話で『こうだったらしいな』ということが多くなってしまうと信頼関係を失うと思うので、なるべく自分で見て、聞いて、話をして、良くなるためにはどうしたらいいか。『今いいから試合に出てもらう』『活躍してくれよ』。そういうことを繰り返してきたつもりです」
監督として常に試行錯誤と自問自答を繰り返しながら過ごす日々。福岡での5年間の戦いを終えて改めて指導者人生においてどんな時間だったか尋ねた。
「目一杯やったかなと、そういう想いです。これまでも時々話していますけれども、アビスパ福岡が勝つため、成績を出すために、勝点を取るために、すべてをかけてきました。福岡のためにということを365日間考えて5年間を過ごしました。もちろん休みの日もありますし、サッカーから離れている時間もありますけれども、常に対戦相手であったり、自分たちの向上であったり、改善、修正、 成長、そういうことをいつも考えてやってきたので、充実していたし、やりきったなと、そういう想いです。そのやりきった最後のゲームが今日のゲーム(川崎F戦)だったので、ちょっと悔しいんですけれども、でも十分選手たちはやってくれたし、成長したなと、最後はそんなふうに選手たちを褒めて終わりたいです」
毎年のように新しい景色を見せてくれた。今まで体験したことのない舞台にも連れて行ってもらった。経験しないと分からない感覚もたくさん教えてもらった。日々、力をつけて躍進していくチーム。自分たちはできるんだ。長谷部監督と共にしたこの5年間で福岡に関わる人々は自信を高め、より誇りを持てるようになった。
「このクラブがもう少し良くなる、飛躍するためには、自分自身がここで去ることがひとついいんじゃないかというふうに決断しました。みなさんの会社でもあると思いますが、リーダーが代わると物事は大きく変わります。私は今、アビスパ福岡のトップチームのリーダーです。リーダーっぽくないんですけれども(笑)、そのリーダーが代わるということは少なからず何かが変わります。良いか悪いかは分かりませんが、必ず良い方に行くんじゃないか」と以前、退任の理由を話した長谷部監督。サッカーは常に出会いと別れがある。今は悲しさばかりが募るが、ここで立ち止まっているわけにはいかない。より成長したクラブの姿を見せることが「シゲさん」への最大の恩返しになるはずだ。
Reported by 武丸善章