真心のこもったスピーチだった。鳥栖とのホーム最終節は0-3で敗れる残念な結果だったが、試合後に全選手が整列しての最終戦セレモニーは行われ、まずは長谷川健太監督が挨拶し、そしてキャプテンのランゲラックがマイクの前に立つ。しかし様子が少し変だ。通訳が選手たちの列から離れず、ランゲラックも懐から何かの紙を取り出した。「みなさん、こんにちは」。日本語で話し始める。まあ、最初のあいさつくらいは…と思った次の瞬間、「本日の支援、そして今シーズンのご支援ありがとうございました」と日本語で続いたから驚くしかなかった。ランゲラックはこの日のために、全編日本語でのスピーチを準備してきていたのだった。
「緊張はしなかったよ(笑)。ああやって皆さんの前で読み上げる前に、1回か2回、数回は練習したので。これは自分を正当化したいわけではないんだけど、こうして日本語を読んでスピーチをさせてもらって、日本語という言語は、ほんとに自分が思っていた以上に難しい言語だなって、再認識することができました(笑)」
スピーチはまずランゲラックが言いたいことを書き出して、それを黒須功太通訳が和訳、さらにローマ字にしてプリントし、ランゲラックが携えていた。「7年間も日本にいて、5つくらいの単語しか日本語は話せないのは恥ずかしいんだけどね」。ちょっと居心地悪そうに守護神は振り返るが、一方でこんなジョークも飛ばす。「でもオーストラリアに戻れば誰もそのことを知らないから、『僕は日本語ができる』って言えるよ(笑)」。確かにランゲラックの日本語はあまり聞いたことがない。
ピッチ内では前や後ろ、右左、危険な場面を察知した時の「あぶない」など、必要な分だけを覚えて使っていた。そして確かにピッチ外ではほとんど日本語を使っているのを聞いたことはない。「こんにちは」「ありがとうございます」「どういたしまして」ぐらいか。あとは報道陣がみんな微笑ましく聞いていたのが、練習終わり、家路につく際に「さようなら」や「またね」代わりに使う「オツカレ、guys!」だろうか。ランゲラックは、報道陣には「guys」でチームメイトには「boys」と言うことが多かった気がする。ナイスガイから聞く「オツカレ、guys!」はいつも、とても爽やかに響いた。
ところで全体的に素晴らしいと思える出来だった日本語でのスピーチだったが、どこが一番難しかったか興味が湧いた。ちなみに全文としてはこうだ。
「こんにちは。本日の支援、そして今シーズンのご支援ありがとうございました。今シーズンの初めにはいくつかの課題に直面しましたが、チームとして多くの障害を乗り越えることができました。私たちは情熱と団結でこれを成し遂げました。ルヴァンカップ優勝は私たち全員にとって永遠に残る思い出でであり、クラブに5番目の星をもたらすことができたことを、図り知れないほど誇りに思っています。最後に、これが名古屋の選手としての最後のメッセージになります。来シーズンは非常に良いシーズンとなるでしょう。私はオーストラリアからサポーターとして応援しますが、皆さんは長年続けてきたのと同じようにこのチームを応援し続けてください。ありがとうございました」
答えは意外のような、そうでもないような。「『思い出でであり』のところだね」。確かに聞き直してみると、特に「でであり」のところにやや苦労の跡が見える。でも、そこも含めて味があり、彼の努力が感じられていとおしい。「悪くなかったと思うよ?」といたずらっぽく笑うキャプテンは、大ベテランならではの茶目っ気を見せ、褒めると「ありがとう」と優しく微笑んだ。
とはいえルヴァンカップ優勝後のチームの状態は芳しくなく、せっかくの最終戦セレモニーの後のスタジアムの雰囲気は決して良いものとは言えなかった。「試合後のファミリーの対応、反応はフェアというか、ああいう対応をされるのは当たり前だと思う」。ホームでの開幕戦で手も足も出ない0-3の完敗を喫したチームは、ホーム最終節でも0-3の完敗を喫した。当たり前だが目の前に迫る次節、横浜FMとのリーグ最終節は「自分自身の最後の試合になりますし、何が何でも勝たなければいけない」と目の色を変えて戦いに挑む。
月日が経つのはあっと言う間だ。7年間、良い時も悪い時も名古屋のゴールはランゲラックが守ってきた。リーグ最多失点しているシーズンもあれば、記録的に少なかった年もある。ゴールキーパーとは失点の責をすべて背に負う職業であり、その意味ではランゲラックはGKのすべてをここ名古屋で経験したとも言える。喜びも、苦しみも全部だ。だから、というわけではないが、最後くらいはすっきりと、クリーンシートでその旅立ちを整えてあげたい。おそらくチームもそう心に銘じて、ラスト1ゲームに臨むはず。「今シーズンの初めにはいくつかの課題に直面しましたが、チームとして多くの障害を乗り越えることができました」と彼は言った。この終盤、思わぬ不調もそのひとつとして、全員で乗り越えてほしい。背番号1がチームを助け、チームが背番号1を助ける。一丸となった名古屋の強さを、今一度見せてほしい。
Reported by 今井雄一朗