「危ない」。記者席で咄嗟に声が出た。
ドンッ。ヨドコウ桜スタジアムに響いた衝撃音。明治安田J1リーグ第36節・セレッソ大阪戦の39分、クロスボールをパンチングしたGK永石拓海とそこに頭で合わせようと飛び込んできた相手のルーカス フェルナンデスが正面衝突し、倒れ込む。その瞬間、筆者は2022年9月のホーム名古屋戦で起こった永石と味方選手との交錯を想起し、背筋が凍り付いた。すぐにレフェリーは試合を止め、近くにいた選手はメディカルスタッフを呼ぶ。「早く来てくれ」。大声援が送り続けられていたスタジアムは一瞬にして静寂に変わる。無事であってくれ。みんなが祈った。時間は流れる。約2分が過ぎた時、両チームの選手が二人の状態を配慮し、周りを取り囲む間から体が動く姿が見える。意識はあるように見えたが、この時点で正確な状態は把握できなかった(※試合翌日の11/10に永石は自身のInstagramで意識ははっきりしていることを報告)。担架で運ばれ、ピッチを去る両選手が大事に至らないことを願いながら両チームのサポーターはそれぞれのチャントで、代わって入る村上昌謙は永石に一声掛けて想いを届けた。
村上にとって9月14日の町田戦以来となるピッチ。永石の為にもチームを勝たせる。そんな熱い気持ちで自分自身を奮い立たせると同時に冷静さも保ちながらゴールマウスを守った。
「別に緊張というか、浮足立つこともなく、自分のやるべきことをというふうに思っていましたし、(前半の)45分過ぎてロスタイム9分。天気のところ、日差しの部分も気にしながらバタバタしているところを落ち着かせたいと思って入りました。失点をしないこと。前半のあの時間で失点せずに折り返すというのがすごく大事なことだったと思うし、そこに自分自身も集中してできたかなと思います」
後半さらに相手が攻撃の圧力を強めてきても慌てることはなかった。50分、ポケットに侵入した奥埜博亮の鋭い右足のシュート。60分、巧みな連携からフリーになった為田大貴の強烈な右足のシュート。71分、3人目の動きを上手く使った崩しでフリーになった山田寛人の至近距離からの左足のシュート。村上の最大の特長である反応の早さがもたらすシュートストップで何度もピンチを防いだ。
「基本的にはいつも良い準備をして、『チャンスが来たらやるぞ』というスタンスで、試合に出た時にはいつも良いプレーをする。それが我々ゴールキーパー陣の持ち味というか、準備が良いし、プレーできるというところなので、今日のところは負傷での交代でしたけれども、非常に良かったと思います」(長谷部茂利監督)
いつでもピッチに立てるように準備をする。どの選手もそのように言うし、選手として当たり前のことのように感じるが、高い集中力を維持して準備し続けることは簡単ではない。基本的にアクシデントがない限り交代はないGKというポジション。出番はいつ来るか分からない。突然訪れる機会でいかに自分自身の力を発揮できるか。その一試合で、その一瞬で結果を残して先発の座を再び奪うべく村上はいつも入念な準備を重ねていた。
「常に試合があるのならスタメンで出る準備をするべきだし、ずっとそれを心掛けてはいますし、それは選手である以上全員がそう思っているので、別に途中から入ってもその気持ちのままです」
村上はいつも実直な言葉で自身の考えを話してくれる。いつだってやるべきことは変わらない。この試合でもそう。自分の果たすべき役割にフォーカスし、チームが勝つことにこだわった。だが、81分に粘り強い守りを破られ、決勝ゴールを許してしまう。
「勝てなかったこと。それだけだと思います。勝つためには何をするべきかだと。勝つには点を取らないといけない。勝つには守り切らないといけない。そこの部分ができなかった。そういった意味で僕自身が後ろに立っている以上、それをやらせないといけないのがキーパーの責任」
福岡に加入して5年目になる強い責任感の持ち主は、サポーターから「村神様」と呼ばれるようにピッチに立てば数えきれないほどのビックセーブで窮地を救い、ベンチにいても出番に備えての準備を怠ることなく、最前線で仲間を鼓舞。どんな状況に立たされようともチームを支え続ける姿を福岡に関わる人々はいつも目にしているからこそ、背番号31に対する信頼は年々強固なものになっている。
「目の前の試合に全力で挑んでそれが結果として勝点3をとれるようにするのが自分たちの仕事だと思うので、まずは次の試合、ホーム最終戦ですし、しっかりとサポーターとともに勝利を分かち合えるようにしていく。ちょっと時間が空きますのでそこでしっかりとチームとして何をやるべきか。また個人として何をしていかないといけないのか。もっと上げないといけない部分は何なのかというのをしっかり突き詰めていかなければと思います」
この日敗れたことで福岡が今シーズン目標にしていたリーグ戦6位以上の可能性は消滅。それでもずっと支え続けてくれているサポーターのために村上は死力を尽くして戦う覚悟だ。
Reported by 武丸善章