熱い手の平だった。激闘に次ぐ激闘の末にトロフィーを手にしたルヴァンカップ決勝後のミックスゾーン。和泉竜司を見つけて思わず手を伸ばしてしまった。ギュッと祝福の握手を交わす。シェイクハンド文化が日常のサッカー選手においても、だいたい半分くらいの割合で存在する、腕相撲のような形で結ぶ握手を和泉はする。普通の握手よりも強く、ハグにも似たホールド感のあるスキンシップに、できるだけの想いを込めておいた。
嬉しいでしょう。できるだけシンプルに話しかけると、「そうっすね。プロになって初タイトルですし、このチームで取れたっていうのも嬉しい。今日はしっかりみんなで喜びたいなと思います」と穏やかに笑った。座右の銘が「常勝」の男は学生時代をまさにそのように過ごし、しかしプロ入り後はなかなか勝利やタイトルに恵まれずに三十路を超えた。思い描いていたキャリアではないと思う。プロ1年目の名古屋での新体制発表会で「将来は海外で」と強気に宣言していたのだ。ルーキーイヤーにチームがJ2に降格し、2年目は主力となったが本来のポジションで起用されることは稀。彼の能力の高さゆえのことでもあったが、学生時代含めた和泉の元チームメイトたちに会うたびに、「竜司は何であのポジションなんですか。もったいないですよ」と言われ続けた。当然、和泉自身もその状況を100%受け入れていたわけではないと思う。
だからこそ、今回の戴冠の原動力のひとつが、和泉のトップ下起用だったことに喜びを隠せない。いわゆる10番タイプの役割ではないが、ツートップの下で攻撃的な中盤エリアで自由を与えられたことで、その能力は100%の発揮を実現したと言える。上背はないがフィジカルコンタクトに強く、クイックネスも抜群で動きはしなやか。そこに上乗せされるのが精緻なボールコントロール能力で、ヒールキックなどのトリッキーなアクションにおいても精度の高さが出せる。新潟との決勝でも随所にそのスキルは見られ、永井謙佑の2得点目のアシストなどは和泉の魅力が詰まったプレーだった。高校の後輩の椎橋慧也がボールを受けて前を向いた瞬間、自分によこせと動き出すもパスは別の選手へ。ここで一度がっかりしたようなリアクションを和泉は見せるのだが、稲垣祥が頭で落としたボールが自分のところに来ると瞬時に身体を反応させ、これ以上ない絶妙なタッチでトラップ&持ち出し、さらには冷静な判断で永井のゴールをお膳立てした。派手なプレーではないが、洗練された一連の動きには惚れ惚れしてしまう。確かに、和泉をここで使わないともったいない。
大好きなチームで、念願のポジションで勝ち獲ったタイトルには感慨もひとしお。ベテランの域に入ったことでチームのまとめ役としての役割も担うようになり、彼の言動は以前にも増して「名古屋グランパス」が主語になることも増えた。死闘となった決勝の展開も自分ですべてをやりきろうとは考えておらず、「初めからしっかり飛ばして、行けるとこまで行こうっていう気持ちでいた。うしろには信頼できるチームメイトがいるから」とバトンを託すつもりで脚がつる寸前まで走りきっている。交代後に二度追いつかれるスリリングな展開には「90分で決めれれば一番楽でしたけど」と苦笑するも、「やっぱり簡単じゃないな、獲らせてくれないなと思った」とこれまで無縁だったプロでのタイトル獲得にしみじみ。ベンチに下がってからは永井とともにピッチ内に声をかけ続け、「チームメイトを信じて、仲間を信じて、やれるだけの声かけとか、みんなを気持ちよくプレーさせるというか。自信持ってやってもらうために戦った」。年長者たちのこうした振る舞いはチームを力強く支え、逆境にくじけない力を生む。
名古屋が前回タイトルを獲得した2021年のルヴァンカップ、その前の2010年のリーグ優勝もそうだったが、勝者となった選手たちはみな口々にこう言ったものだ。「優勝すると、すぐまた優勝したくなる」。一番になる喜びや充実感は一度味わってしまうと病みつきで、なるほど常勝と呼ばれたチームがまとっていたあの力強さやしたたかさ、執念というのはこの感覚から湧き出るものだったのかと思えた。11月6日に31歳となる和泉はようやく1回目のタイトル獲得を経験したわけだが、では彼の中にそういった変化は生まれたのだろうか。
「やっぱり、改めてこの“優勝”っていいなって思いました。これがルヴァンカップだからってわけじゃなく、天皇杯とか、リーグ戦とか、もっと違った景色も見れるんだろうなと思いましたね。今回の優勝で他のタイトルへの思いが強くなったのは事実ですし、やっぱりここからグランパスが常にタイトル争いをできるようなチームになっていくために、もっとやるべきことはあるのかなっていう風には、優勝したからこそ感じました。そこにより責任感を持って、何年かかるかわかんないですけど、もしかしたら僕が引退した後かもわかんないですけど(笑)、グランパスが常に、優勝にどの大会でも絡むぐらいの強いチームになっていきたいなって改めて感じました」
彼のテーマである“常勝”は今や、名古屋という愛するクラブに紐づくものとなった。彼にとってのグランパスとはクラブだけに留まらず、大声援で支えてくれるサポーターたちもその一部となっている。「このクラブでタイトルを獲りたいって思いで戻ってきましたし、ファンやサポーターには僕と一緒に優勝したいと思ってくれる人もけっこういたと感じるんです。今回でまず1つ、一緒にタイトル獲れたことがすごく、素直に嬉しい」。名古屋で刻んだキャリアは苦しいことの方が多かったと思う。だからこそ共に歩んでくれた“仲間”に対する気持ちは強い。「もっとたくさんのこういう経験を一緒にできたらなって思う」。心の底から言っていることは、声色からも伝わった。
和泉はそして未来を見る。これが到達点ではなく、通過点となることを望む。奇しくもこの決勝の直前、同い年の杉本大地が母校の後輩たちに行なった講話の中でこんなことを口にしていた。「いつでも変われるし、変わろうと思ったらその日が一番若い日だから」。和泉もまた30代最後の数日で得られた初タイトルを「遅いと思うし、当然何個も獲ってる人もいる」と捉えているが、遅きに失したとは考えていない。むしろここから加速度を増して、“荒稼ぎ”していってやろうという気概すら見えた。彼にとってこの戴冠は、始まりの一歩なのかもしれない。
「タイトルには時の運もあるし、やっぱりほんとに実力がないと優勝はできないと思うんです。でも、この優勝っていうものを次につなげていかないと意味がないので、勝ち続けられるようなチームになっていきたいですし、そのためにも今年以上、今まで以上にチームとして厳しい練習をして、強い集団になっていかないと。今日の決勝はこの1日しかないですけど、やっぱりそこまでの日々の積み重ねがこの日につながってると思いますし、ほんとにどのタイトルでも、常にやり続けているチームが最後にタイトルを獲れると思う。今日初めてタイトルを獲れましたけど、日々の積み重ねだと思えた。そこは忘れずに、自分の中で常に持っておきたいものだなと思います」
おそらく周りが思っているよりも、数々の言葉に表されているよりも、和泉はこのクラブを愛している。プロ9年目にしてようやくひとつの“結果”を残せたことで、その想いはまた大きくなっているはずだ。名古屋の背番号7はここからさらに、輝きを増していくに違いない。
Reported by 今井雄一朗