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【取材ノート:藤枝】縁の下からチームの主役へ。ボランチ新井泰貴、プロ5年目で急成長中

2024年10月18日(金)
ボランチというポジションには、縁の下でチームを支えるような役割を担う選手も多い。藤枝MYFCにも半年前まではそういう立ち位置だった選手がいるが、今はその印象が大きく変わりつつある。

新井泰貴、27歳。湘南ベルマーレユースから産業能率大に進み、2020年にガイナーレ鳥取に加入。3年間主力としてプレーし、昨年藤枝に移籍してJ2への個人昇格を果たした。人物的にも本当に真面目で、控えめで、物静か。周囲に気を配りながら味方が動きやすいようにサポートし、守備の穴を埋め、チームを円滑に回していく。自身が目立つことはなくても一切気にせず、陰の仕事を90分間忠実に黙々とやり続けることができる選手だ。

出場時間を増やすためのフィードバック作業

ただ藤枝に来てからは、つねに定位置を確保できていたわけではない。昨年は42試合中の29試合に出場したが、交代出場も多かった。守備力は高く評価されていたが、攻撃面は物足りないと評価され、8月に加入した西矢健人(現・鳥栖)が先発に定着してからは出番が減ってしまった。

「去年は攻撃のところで、前を向かうとか、逆サイド展開しようとかずっと言われ続けて、彼も腹が立ってたと思います。あんなに優しいけど内心では『いやオレだってできるよ』と。ただ、彼はそこで自分にベクトルを向けて、足りないことをしっかり一つ一つこなしてきたと思います」と須藤大輔監督は言う。

その努力は、ピッチ内で自分に向き合いながら全力でやり続けることだけでなく、ピッチ外での準備にも及ぶ。とくに今年は、キャンプ時から試合ごとに清家芳樹テクニカルコーチ(分析担当)に個人のフィードバック動画を作ってもらい、清家の分析にも耳を傾けながら練習に反映させていく作業を繰り返してきた。その取り組みについて、清家は次のように語る。

「去年も(新井)泰貴さん自身が試合で納得いかなかったときに『この試合のフィードバックをくれない?』と言われてスポットでやっていたんですけど、今年は『今回も』、『今回も』とやっているうちにトレーニングマッチも含めて毎試合やるようになりました。内容は、キャンプからシーズン初めの頃は、ほぼ攻撃の話が中心でしたね。泰貴さん自身も、試合に出るには攻撃面を向上させないといけないとわかっていたので。その中でも一番多かったのは、立ち位置の話です。ここに立って、こういう視野を持てたら、こういうプレーの選択肢が出てくるから、こういうプレーが増えると思います。それは須藤さんも求めてますよというところから入って、シーンごとに切り取って詰めていきました」(清家)

ただ、新井自身の人柄が、攻撃面でアピールしきれない理由になっていた面もあると清家は指摘する。
「泰貴さんは本当に“いい人”なので、隣に立ってるボランチにすごく気を使うというか、譲ってしまうところがあったんですよ。相方のボランチはここでプレーしたいだろうから、自分はこのスペースを空けてあげなきゃいけないとか。自分が一番得意で、視野を持てて、プレーしたい場所を隣の人に譲るという場面が多かったんすよ。それは泰貴さんの良いところでもあって、周りが見えてて気を使える証拠でもあるんですけど、もっと相方とコミュニケーションをとって、お互いに譲り合ってお互いに自分の良さを出し合うようにしてもいいんじゃないですかという話をプレシーズンではしてました」(清家)

鳥取コンビで成長を加速

今季は梶川諒太の加入や杉田真彦のケガからの復帰もあって、6節までリーグ戦の出場機会を得られなかった。だが、地道にコツコツと取り組み続けていた成果が徐々に現われて少しずつ出番が増え、21節・長崎戦(6/22)からは14試合連続で先発出場中。とくに攻撃面の進化が大きいと須藤監督は言う。

「オン(ザ・ボール)のプレーのレベルが数段上がったと思います。いわき戦の(矢村健のゴールの)アシストのような得点につながるパスや、縦に刺すボールがすごく増えている。ボランチは、キーパーから縦に受けたボールからターンするのって怖いんですけど、それも当たり前にやるようになってきた。DFラインとアタッカーの良い潤滑油になれていると思います。もちろんセカンドボールの奪取力とか予測力とかというのは元々持っていて、オン・オフともにポジションに立つスピードが速い。(昨年と比べても)本当にレベルが上がってると思います」(須藤監督)


7月に加入した世瀬啓人は、鳥取で長くボランチのコンピを組んでいた相棒だ。お互いに特徴はよくわかっていて、世瀬が年下ということもあって遠慮することもなく、彼と組み始めてから新井の攻撃センスは輝きを大きく増してきた。

「今までの泰貴さんだったら躊躇していたかもしれないプレーを平然とやれるようになったと思いますし、それは自信の表われなのかなと。前だったらセーフティに後ろに戻していた場面でも、前を見えるようになったというのは、啓人と組み始めてからすごく増えたなと感じます」(清家)

数字的にはアシストはまだ2つで、自身の得点はないが、アシストの1つ2つ前での好パスは夏以降目に見えて増えている。本人もそこに確かな手応えを感じている。

「チャレンジすることは前より意識してますし、クサビを入れるとかラストパスを狙うプレーが増えてきていると思います。そこも(清家)芳樹と映像を見返して、もっと狙っていっていいんじゃないかとか、もっとゴールに向かうプレーを増やしていいんじゃないかという分析もしてもらって、そこをトライできているのが結果にもつながってるのかなと思います。チームメイトの距離感こ良くなってますし、自分の中でも見えているところやプレーの選択肢が増えて、責任を持ってプレーできていると思います」(新井)

世瀬に後ろを任せて高い位置に上がっていく場面も増え、以前より高い位置でボールを奪い返すシーンも増えている。もちろんカウンターを受けた際には、そこから全力で自陣に戻ってくるので、ゴール前で相手を止めるシーンが目立つところは以前と変わらない。

「以前は自分のところでボールを奪いたいという気持ちが強く出すぎて、簡単に入れ替わってしまうこともありましたが、そこを1つ我慢したり、次のところでボールを取れるようにしたりというところも、冷静にプレーできているかなと思います」(新井)

攻撃だけでなく守備でも成長を続け、まさに“ボックス・トゥ・ボックス”で攻守に大きな仕事ができるチームの心臓へと進化してきた。

「僕なんかの話を真剣に聞いてくれるからこそ」

そんな新井の成長力について、清家は深く感服しているところがあると言う。

「泰貴さんが一番すごいなと思うのは、プロとしてプレーしたこともなく、しかも年下の僕(26歳)なんかの話を、まったく抵抗なく真剣に聞いて、ピッチの中に落とし込んでくれるところだと思います。プロサッカー選手にまでなった人って、プライドや今までも成功体験もあるので、なかなかできないことだと思います。だから僕は本当に尊敬しますし、逆に僕も手を抜けないなと。120%で応えないといけないなと思っています」(清家)

清家にとっても、選手個々のフィードバック動画を作ることは通常業務にプラスαされる部分だが、「やっていてすごく楽しいです」と今季は新井以外の選手にも同様の対応を続けている。

一方、新井自身は「もちろん自分でも(プレーの)振り返りはするんですけど、第三者の客観的な目線で見ると、自分では良かったと思ったところが少し違ったり、その逆もあったりします。そういう意見をもらってマイナスになることはないですし、自分だけだと気づけないところを提示をしてもらえるのは大きいです」と、若き分析担当者の明晰なアドバイスを純粋に活用している。

もちろん、彼の急成長の原動力は、清家との関係だけではない。元々日々コツコツと努力を重ねられる選手だが、今季はその向上心がより高まっている。

「試合に出て経験を積み重ねていくことで自信というのはついてきますし、もっとできるという向上心にもつながって、練習でも試合でも意欲的にプレーできています。そこは自分の中で一番変わったところじゃないかと思います。やっぱりJ1の舞台というのは目指してますし、そこで通用する選手になるためにも、このチームの中心として戦っていくという気持ちは絶対に持たなきゃいけないと思っています。とくに自分が誰よりも闘う、走るというところは、どんなにプレーの調子が悪くても絶対にやらないといけないと思ってます」(新井)

西矢がJ1に引き抜かれたかと思えば、すぐに新井が台頭してチーム全体の成長をも促している。そうした選手たちの成長物語を毎年何本も見られることも、藤枝を観る楽しみと言える。

そんな新井に、イジり半分で「ちょっと真面目すぎるんじゃないの?」と投げかけてみたが、「(そのキャラを変えるのは)無理です(笑)」と答えた。誰に対しても優しく、真面目で、謙虚で、控えめ。ただ、その内面にも少しずつ変化が見える。

「真面目さが本当に良い形で出ているし、試合の中ではプレーが尖ってきてるなと感じます。真面目なのにプレーに野心が見える。一番良いことじゃないですか」(須藤監督)

どうやら“控えめ”という部分だけは、明らかに変わってきたようだ。

Reported by 前島芳雄