今年もまた1人、藤枝らしい雑草魂を持つ男が夏のマーケットでJ1の舞台に羽ばたいていった。24歳の左利きボランチ・西矢健人。2022年に大学を卒業してから1年半はアマチュア契約でプレーしていた選手が、7/29にサガン鳥栖へ完全移籍した。
神戸市出身でヴィッセル神戸U-15でプレーしていたが、ユース昇格は果たせず大阪桐蔭高に。3年時には主将として全国高校選手権に出場して、名門・明治大に進んだ。だが、明大では4年時もレギュラーをつかみきれず、プロからも声はかからなかった。それでもサッカー選手になる夢を諦めきれず、有望なIT系企業の内定を断わって自ら退路を断ち、アマチュアとしてJFLのFC大阪に加入した。
この覚悟を決めた決断によって「前よりも本気で自分自身と深く向き合えるようになりました。自分にとって転機だったと思います」と西矢は振り返る。
そしてFC大阪に入ってからは、食べていくのがギリギリのアルバイト生活の中、プロとして活躍するうえで自分の足りないところを見つめ直し、まず守備能力を大きく改善。大学時代までは「セットプレーも含めて左足のキックとか展開力のほうが持ち味」だったが、球際でも強さをつけていったことで早々に主力として定着し、クラブ初のJ3昇格に大きく貢献した。
昨年のJ3では、ステップアップ(移籍)のしやすさを考えて、あえてアマチュア契約を選択。新たに就任した志垣良監督(現・レノファ山口FC監督)の下、「攻守において細かいところまでいろいろ教えてもらって、自分の幅というかベースを大きく引き上げてもらいました」と成長を加速。中心選手として開幕から20節まで全試合に先発し、初昇格チームの快進撃を支えた。
その活躍が、J2初年度で補強が急務となっていた藤枝の目に留まり、8/7に個人昇格が実現。ここで初めてプロ契約に移行し、アルバイト生活も終えてサッカーに専念できる立場となった。
そして加入当初から初めての環境にもまったく物怖じすることなく的確なコーチングの声を出し続け、合流後の初戦に途中出場。4試合目のロアッソ熊本戦(34節)で初先発してからは、低迷していたチームの成績もV字回復。以降は全試合に先発してチームのJ2残留に貢献した。(昨季の詳細については昨年末の取材ノートを参照)
そして今季に向けて期限付き移籍から完全移籍に移行し、出場停止の1試合を除く全23試合にフルタイム出場。2ゴール4アシストと得点に関わる数字も出してチームの大黒柱に進化したうえで、2年連続の個人昇格をつかみ取った。
一言でいえば、左足のキックが持ち味で、攻守両面で力を発揮し、ハードワークもできるオールラウンド型のボランチ……になりつつある。
昨年夏に藤枝に来た当初は、守備での“予測力”が光り、球際でもJ2で通用する強さを発揮してボール奪取やセカンドボールの回収で大きく貢献。ただ、守備面での評価は高かったが、攻撃面では得点もアシストも数字がつかなかった。「元々は苦手だった部分で評価されるのは嬉しいけど、逆に攻撃であまり結果を出せていないのが悔しい」と本人も歯がゆさを口にしていた。
だが今季は、縦パスやサイドチェンジなどで左足のクオリティを存分に発揮して攻撃を牽引し、セットプレーのキッカーとしてもアシストを増やし、得点も増加。22節・ザスパ群馬戦で叩き込んだ強烈な左足ミドルシュートは、とくに印象深い一撃だった。
ボールを失わないキープ力も高めて、中盤で受けたところから相手を1枚はがして前に持ち運ぶシーンを増やし、試合を重ねるごとに攻撃面での進化が目立っていった。守備でも読みの良さは相変わらずで、相手の視野を外れたところからスッとボールと相手の間に入って奪い取るシーンが今季はとくに増えてきた。
移籍時のコメントで「日々チャレンジをしていく中で、特に今年はできることが増えていることへの喜びを感じながら、成長することができたと思います」と残したように、本人も自身が急成長していく過程を楽しんでいた。
俯瞰的に自分を見つめて、できていること、できていないことを分析し、良い面は伸ばし、足りない面は改善していく。言葉にすれば単純だが、的確な分析ができるかどうか、改善のために正しい方向性で努力を続けられるかという部分は簡単ではない。
エリート街道を歩んできた選手は、自分の足りない面に本気で向き合うことができない場合もあるが、崖っぷちからスタートした西矢は、自身の現実をありのままに受け入れることができた。そのうえで足りない面に対して「無理だ」とあきらめるのではなく、「いや、できるようになるでしょ」と考えられる前向きさも備えている。もちろん一朝一夕では急に解決しないことも承知していて、目標に至る階段を自分でイメージしながら、日々一段一段上っていくという過程を繰り返してきた。
そうして“できること”が増えていく中で、こうすればもっと効率良く成長できるというセンスも磨かれ、自信も増して、成長を加速させてきた。背水の陣でFC大阪に加入したところから、その成長力を伸ばし続けてきたことが、わずか2年半でJFL→J3→J2→J1と急速に成り上がっていく成果につながった。
今年は「僕みたいなスタートの選手の希望になりたいし、そのためにも早くJ1に上がりたい」と語っていたが、シーズン途中で有言実行を果たしてみせた。
鳥栖に合流してからも、1試合目の鹿島アントラーズ戦(8/7)で早くも先発出場。まだ手探り状態のプレーで本領は発揮できず、前半のみで交代となったが、初出場の選手が誰よりも積極的にコーチングの声を出し続けている姿はじつに彼らしかった。本人もまったくヘコんでいる様子はない。
最後に鳥栖サポーターにぜひ伝えたいのは、今が西矢健人の完成形ではないということ。J1という今まで以上に刺激的で厳しい舞台を得て、彼がさらに進化を重ねていくことは間違いない。それがチームの結果にも反映されていく過程を、西矢ウォッチャーの1人としても楽しみにしたい。
Reported by 前島芳雄
崖っぷちからの劇的な急成長
ただ、これまでの西矢の歩みは、けっして順風満帆だったわけではない。神戸市出身でヴィッセル神戸U-15でプレーしていたが、ユース昇格は果たせず大阪桐蔭高に。3年時には主将として全国高校選手権に出場して、名門・明治大に進んだ。だが、明大では4年時もレギュラーをつかみきれず、プロからも声はかからなかった。それでもサッカー選手になる夢を諦めきれず、有望なIT系企業の内定を断わって自ら退路を断ち、アマチュアとしてJFLのFC大阪に加入した。
この覚悟を決めた決断によって「前よりも本気で自分自身と深く向き合えるようになりました。自分にとって転機だったと思います」と西矢は振り返る。
そしてFC大阪に入ってからは、食べていくのがギリギリのアルバイト生活の中、プロとして活躍するうえで自分の足りないところを見つめ直し、まず守備能力を大きく改善。大学時代までは「セットプレーも含めて左足のキックとか展開力のほうが持ち味」だったが、球際でも強さをつけていったことで早々に主力として定着し、クラブ初のJ3昇格に大きく貢献した。
昨年のJ3では、ステップアップ(移籍)のしやすさを考えて、あえてアマチュア契約を選択。新たに就任した志垣良監督(現・レノファ山口FC監督)の下、「攻守において細かいところまでいろいろ教えてもらって、自分の幅というかベースを大きく引き上げてもらいました」と成長を加速。中心選手として開幕から20節まで全試合に先発し、初昇格チームの快進撃を支えた。
その活躍が、J2初年度で補強が急務となっていた藤枝の目に留まり、8/7に個人昇格が実現。ここで初めてプロ契約に移行し、アルバイト生活も終えてサッカーに専念できる立場となった。
そして加入当初から初めての環境にもまったく物怖じすることなく的確なコーチングの声を出し続け、合流後の初戦に途中出場。4試合目のロアッソ熊本戦(34節)で初先発してからは、低迷していたチームの成績もV字回復。以降は全試合に先発してチームのJ2残留に貢献した。(昨季の詳細については昨年末の取材ノートを参照)
そして今季に向けて期限付き移籍から完全移籍に移行し、出場停止の1試合を除く全23試合にフルタイム出場。2ゴール4アシストと得点に関わる数字も出してチームの大黒柱に進化したうえで、2年連続の個人昇格をつかみ取った。
できることが増えることを楽しみに
こうして急速なサクセスストーリーを紡いでいる西矢だが、鳥栖サポーターが気になるのは、彼がどんな特徴を持った選手なのかという点だろう。一言でいえば、左足のキックが持ち味で、攻守両面で力を発揮し、ハードワークもできるオールラウンド型のボランチ……になりつつある。
昨年夏に藤枝に来た当初は、守備での“予測力”が光り、球際でもJ2で通用する強さを発揮してボール奪取やセカンドボールの回収で大きく貢献。ただ、守備面での評価は高かったが、攻撃面では得点もアシストも数字がつかなかった。「元々は苦手だった部分で評価されるのは嬉しいけど、逆に攻撃であまり結果を出せていないのが悔しい」と本人も歯がゆさを口にしていた。
だが今季は、縦パスやサイドチェンジなどで左足のクオリティを存分に発揮して攻撃を牽引し、セットプレーのキッカーとしてもアシストを増やし、得点も増加。22節・ザスパ群馬戦で叩き込んだ強烈な左足ミドルシュートは、とくに印象深い一撃だった。
ボールを失わないキープ力も高めて、中盤で受けたところから相手を1枚はがして前に持ち運ぶシーンを増やし、試合を重ねるごとに攻撃面での進化が目立っていった。守備でも読みの良さは相変わらずで、相手の視野を外れたところからスッとボールと相手の間に入って奪い取るシーンが今季はとくに増えてきた。
移籍時のコメントで「日々チャレンジをしていく中で、特に今年はできることが増えていることへの喜びを感じながら、成長することができたと思います」と残したように、本人も自身が急成長していく過程を楽しんでいた。
「自分みたいなスタートの選手の希望に」
このようにプレー面でも多くの特徴を持つ選手だが、筆者としては彼の最大の武器はやはり“成長力”にあると感じている。“自分自身で自分を成長させる力”だ。俯瞰的に自分を見つめて、できていること、できていないことを分析し、良い面は伸ばし、足りない面は改善していく。言葉にすれば単純だが、的確な分析ができるかどうか、改善のために正しい方向性で努力を続けられるかという部分は簡単ではない。
エリート街道を歩んできた選手は、自分の足りない面に本気で向き合うことができない場合もあるが、崖っぷちからスタートした西矢は、自身の現実をありのままに受け入れることができた。そのうえで足りない面に対して「無理だ」とあきらめるのではなく、「いや、できるようになるでしょ」と考えられる前向きさも備えている。もちろん一朝一夕では急に解決しないことも承知していて、目標に至る階段を自分でイメージしながら、日々一段一段上っていくという過程を繰り返してきた。
そうして“できること”が増えていく中で、こうすればもっと効率良く成長できるというセンスも磨かれ、自信も増して、成長を加速させてきた。背水の陣でFC大阪に加入したところから、その成長力を伸ばし続けてきたことが、わずか2年半でJFL→J3→J2→J1と急速に成り上がっていく成果につながった。
今年は「僕みたいなスタートの選手の希望になりたいし、そのためにも早くJ1に上がりたい」と語っていたが、シーズン途中で有言実行を果たしてみせた。
鳥栖に合流してからも、1試合目の鹿島アントラーズ戦(8/7)で早くも先発出場。まだ手探り状態のプレーで本領は発揮できず、前半のみで交代となったが、初出場の選手が誰よりも積極的にコーチングの声を出し続けている姿はじつに彼らしかった。本人もまったくヘコんでいる様子はない。
最後に鳥栖サポーターにぜひ伝えたいのは、今が西矢健人の完成形ではないということ。J1という今まで以上に刺激的で厳しい舞台を得て、彼がさらに進化を重ねていくことは間違いない。それがチームの結果にも反映されていく過程を、西矢ウォッチャーの1人としても楽しみにしたい。
Reported by 前島芳雄