「ダービーだったので何より勝ったというところが大きかったです」
明治安田J1リーグ第18節の鳥栖戦後のミックスゾーン。前寛之はほっとした表情でそう言葉を発した。
例え、どんな順位であろうと、どんなチーム状況であろうとも、負けられないのではなく、勝たなければいけない試合。それが九州ダービーであり、この日課せられた最大のミッションだった。
そんな重要な一戦の先制点につながる攻撃のスイッチを入れたのがボランチの前である。32分、自陣中央付近でウェリントンから浮き球のパスを受け、ダイレクトで左サイドの広大なスペースへと展開。そこに颯爽と現れたのはスピードが持ち味の左WB岩崎悠人。すぐさま追いつき、クロスボールを中央に送ると、こぼれ球に素早く反応した佐藤凌我がゴールに押し込んだ。
「僕の中で、(相手の)サイドバックの選手が前にどんどん上がってくるところと、うちのポジションの噛み合わせ的に(うちの)ウイングバック、今日は幅を使うことを意識していたので、(岩崎)悠人の特長も活きたと思いますし、良かったです。(スタジアムの)雰囲気的にも(サポーターが)ゴールに近づくような歓声を上げてくれていたと思うので、そういうゴールの匂いというところは起こしてくれていたのかなと思います」
これで完全に主導権を握った福岡。その後も手を緩めることはなかった。球際の激しさ、セカンドボールへの反応の早さ、あらゆる局面で相手を圧倒。その中心に背番号6がいた。
「(セカンドボールを回収して)どれだけチームに(攻撃の)厚みをもたらせられるかというところだと思いますし、切り替えのところだったり、攻撃の起点になるところだったり、そういうタスクを担っていると思っているので、中盤での争いに負けないようにこれからの試合もやっていきたいと思います」
福岡にやってきて5年目。今シーズンは若手の松岡大起や重見柾斗らの台頭もあり、激しさを増すポジション争い。前はそんな状況をポジティブに捉え、自身の中で刺激に変えている。豊富な運動量と予測の早さ、的確なポジショニングが生み出すタフでクレバーなプレーの数々。強度高く、抜群のタイミングでボールを刈り取ってピンチの芽を摘み、視野広く巧みにボールを散らしてチャンスを創出する。彼の特長にますます磨きがかかる中で、前々節の新潟戦ではFKを直接沈め、前節の柏戦ではまたしてもFKから貴重な追加点をアシスト。コーチからの提案で始めたプレスキッカーという武器も新たに手にしている。
2021年に福岡がJ1に昇格して以降、ここまでリーグ戦欠場はわずか1試合。14節の神戸戦の累積警告による出場停止で記録は途切れてしまったが、それまでクラブ最多となる119試合連続出場を果たした。福岡の中盤で圧倒的な存在感を示す前は、水戸時代から共にする長谷部茂利監督からの信頼も厚い。
「(試合に向けて)その度に準備をする1週間、その度に試合直前にミーティングをし、その度に試合が終わって振り返りをし、彼はずっと聞いています。常に。だから全部私が言うことを分かっているんです」
そんな指揮官の下で前は、福岡で2020年から2022年まで3年間主将を務め、2023年からも副主将を任されている。この日も欠場したチームキャプテンの奈良竜樹に代わってゲームキャプテンを託された。
「今週みんなダービーに向かっていく気持ちを準備してきたと思いますし、今日の試合前、試合後、選手の口から発せられる言葉は、やっぱりダービーについてのことが多かったので、みんな気持ちが入っていたと思います。サポーター同士が創り上げてくれる雰囲気は最高でした」
今シーズン最多の観客が集ったベスト電器スタジアムで「福岡の心臓」は輝きを放っていた。
Reported by 武丸善章