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【取材ノート:名古屋】名古屋グランパス四季折々:攻撃に彩りを添える芸術家。榊原杏太はピッチで軽やかに“浮く”

2024年6月6日(木)


彼のキーワードは“浮く”なのである。現代フットボールは強度が勝負、名古屋の戦い方からしてもコンタクトプレーは必須にして不可欠な要素なのだが、榊原杏太だけはその対極を往く。誰にも触れられないところでボールを受け、前を向いてその創造性を発揮するスタイルは良い意味で異質だ。大卒1年目の今季はプレシーズンでチームがチャレンジしてきた3-1-4-2のフォーメーションの中に自分をなかなか最適化できずに苦しんだ。だが序盤の低迷を受けて3-4-3へとシフトチェンジしたことで、より自分に合ったポジション、シャドーという役割が生まれたことで状況が好転。「自分のプレーができるポジションが見つかった」と光明が差せば、あとは思うがままに舞うだけだった。



長谷川健太監督もそのポテンシャルを認めたからこそ、“浮く”ことをむしろ指示している。今季初出場となったルヴァンカップの大宮戦でもそうだった。「試合をやるにあたって、『杏太は浮いてていいぞ』って言われて(笑)。こっち来て初めて、自由にやっていいぞみたいな感じだったんです」。その表情は本人が一番驚いていたことをうかがわせた。周囲の選手もそれを理解し、彼の持つ技術やセンスを引き出すように手厚くフォロー。得点やアシストなど目に見える結果は出せなかったが、きっかけをつかんだような好パフォーマンスを披露した榊原は試合後にこう語っている。

「自分らしさはまあまあ出せたと思います。スタメンとわかってから、自由に動きながらボールもらって、好きなことをしようって思っていたので。もちろん自由にやっていいって難しくて、何かが決まっていた方がやりやすいといえばやりやすいんですけどね。でも別にだからと言って何も考えずに、『ここでボールもらったらこうしよう』とかも何も考えずに、自分のアイデアでパスをもらった場所考えながらやる。やりながら見えるところを使いながら、みたいな感じで、やっていました」


つまり榊原は試合の流れに身を任せ、自分がパスを受けられる場所を探してプレーしている。もちろんチームが要求する守備や強度の部分にもアプローチしながらだが、そこを誰よりも求められるプレーヤーではないし、求める方がナンセンスである。大宮戦をきっかけにリーグ戦での出場機会も得た榊原はルヴァンカップ2戦目の横浜FC戦でアシストを決め、結果も出す。この時は「まあまあ良いプレーもあったけど、まだまだなプレーも多くて課題。そういうところを突き詰めていかないとリーグの方に絡んでいけない」と渋い表情だったが、自身に手応えがあるからこそ、試合に出ただけでは、アシストしただけでは、と思える良い傾向とも言えた。


そして迎えた今季3度目の公式戦スタメンの機会で、またしても榊原は結果を出した。しかもこれまでのルヴァンカップはいずれも対戦相手がJ3、J2と下のカテゴリーであり、互いにターンオーバーしている部分もあるにはあったが、J1の柏を相手に得点に絡んだことの価値は大きい。相手の4バックに対して5トップのような形で押しこんでいったこの日の名古屋だったが、その一角だった榊原だけはややファジーなポジショニングで相手を翻弄。「自分は浮く、というのは練習でもやってきたこと。でも浮いた中ではボールを持った時の技術をもっと出していかないと、2点目、3点目につながっていかない」と、手応えと課題の両方をつかんでいたことには成長を感じた。


結果を残したことで、この日の榊原は舌も滑らかではあった。利き足とは逆の右足クロスでのアシストに「もうないかもしれないです(笑)」と冗談を飛ばし、「(山岸)祐也くんがファーに走っているのは見えて、ファーまで届けばいいなぐらいで蹴ったらけっこういいボールが行って。高いボールが行けば入るかなぐらいで蹴ったんで、良かったです」とまたいたずらっぽく笑う。アカデミーの同期で親友でもある倍井謙とはやはり勝手知ったるところがあるのかプレーの相性が良く、また信頼関係も絶大。普段はドリブル中心のプレーが多い倍井が榊原へのパスを選択することが多かったと言えば、「謙が『俺ら2人で完結しようぜ』とか言ってきたりするんですよ(笑)。ユースの時からお互い信頼し合っていたんで、そういうパス交換という選択も謙の中で増えたのかなっていうのは思いますね」と屈託なく笑った。好調時には誰もが饒舌にもなるものだが、テクニシャンであればあるほど、コメントの仕方に自身の調子は重なりやすい。そう、榊原はいま、明らかに上昇気流に乗っている。



当然、まだまだこれからが勝負のしどころだ。同じポジションには走れて闘えてこの上なく上手い森島司がおり、現状の評価は彼の代役といったところが今の榊原の序列になる。背番号28もそのことは自覚できており、何より自らの特徴である“ゴールも奪える”という部分に物足りなさを感じている。「またアシストできたというのはめちゃくちゃ嬉しいけど、点を取るってことにフォーカスしたら全然まだまだ。次にチャンスがもらえた時には自分は点を取るんだってことをまず意識してやりたい」と話す口調は朴訥としているが、メラメラとしたものも同時に感じた。山口素弘GMは榊原を評してよく“ヤンチャ”という言葉を使うが、その通りだと思う。試合に出るために必要な要素はわかっていても、「基本的には自分の特徴で『使いたいな』って思われたい」と言い切る男である。ピッチの中をふわふわと泳ぎ、舞い、攻撃に彩りを添えていく芸術家は、これからも自分だけの道を選び、踊っていく。

Reported by 今井雄一朗