そりゃあ使いたくもなるはずだ。と、頷かざるを得ない大立ち回りだった。リーグ第4節柏戦で右ひざを負傷し長期離脱していたキャスパー ユンカーを、長谷川健太監督が「これは練習試合なんて入れなくていい」といきなり戦線復帰させたのは約2ヵ月後の第12節のことだった。本来はその広島戦と同日に組んだ大学生との練習試合で試運転をしてからの復帰プランだったが、この週のトレーニングでユンカーは明らかな違いを見せ、指揮官の勝負師としての勘が働いた。それでも広島戦は10分程度の制限時間付きだったが、終了間際の決勝点に絡むなどやはり嗅覚を発揮。翌節のG大阪戦では20分余りに出場時間を伸ばし、3戦目でついにスタメン復帰となったのが件の“大立ち回り”を見せたFC東京戦だった。
改めて得点経過を振り返るまでもない、見事な加点劇だった。昨季のホーム新潟戦で失敗し、やや苦手意識もあったPKをきっちりと沈めると、速攻の形から2点目、5分後にはFKをニアで合わせ、ヘディングでループ気味にハットトリックを達成。試合後には当然、報道陣からそれぞれの得点についての質問が飛び交うわけだが、そこで彼が口にした言葉の数々は、彼がなぜ点取り屋でいられるかという根源的なものが散りばめられていて興味深かった。ストライカーと呼ばれる人々の中には理詰めもいれば本能型もおり、それぞれに合った得点へのアプローチがあるものだが、ユンカーのそれは何かといえば、“シンプル”の一言に尽きる。たとえば2得点目、和泉竜司からの鋭いパスをトラップして、やや浮いたボールを彼は少しジャンプしながら左足を叩きつけている。
「ボールが空中に上がったと感じたら、速くシュートを打つ方が簡単なのは明らかだろう? ストライカーはその状況において最適なシュートを打つための、最適な方法を選ばないといけない。それはできたシーンだったけど、一番大事なのはやっぱり枠にシュートを入れることだ。常に的を射抜こうとすることなんだ」
思考は単純明快。本能だけでは決してないが、どうすればゴールの枠を捉えるシュートが打てるのか、という“ゴール”からの逆算でユンカーはプレーを決断している。3得点目のヘディングにしても、ループ気味のトリッキーなシュートを狙ったわけではなく、かつ自分がゴールするためだけのプレー選択でもなかったと、その刹那を振り返る。
「自分が考えているのは常に最高のゴールチャンスを生むということだ。だからファーポストを狙った。もしゴールにならなくても、それなら誰かが得点する可能性は大いにある。自分がシュートを狙うのと同じぐらいに、キーパーが弾いて誰かのチャンスになるようにもシュートを打つんだ。自分は美しいゴールを狙おうとは思わないし、素晴らしいゴールを狙おうとも思わない」
ユンカーはこうした質問を受ける時、良い意味で「何でそんなことを聞くんだろう?」という顔をする。彼にとってそれは当たり前の常識で、わざわざ答えるまでもないことなのだと思う。が、我々にとっては未知の領域であり、それを常識にできるのは一握りの選手であることを逆に知ってもいる。だからこそその思考に触れてみたくなり、顔をしかめられるとわかっていながら聞いてしまう。ハットトリックはやっぱり特別ですか、と。
「本当に難しいよ。今日はPKがあって、もう2回のチャンスがあってそれを決められたけど、この3回のチャンスすらない試合もたくさんある。特にJリーグのDFは常に自分を止めようとしてくるので、そういった状況の中で3点を決められたというのはやっぱり素晴らしいこと。ゴールはいつも自信を与えてくれるから、(倍井)謙が試合に入った時に彼に言ったんだ。『俺は今日絶対ハットトリックするからな』って。その通りになってよかったよ」
ただ、ユンカーがゴールだけにこだわる選手かといえばそうではなく、ゴールの先の結果の方が彼にとっては重要でもある。点を取っていれば負けていてもいい、という選手がいるはずはなく、しかし勝てば自分のゴールなんていらないという選手は点取り屋ではない。自分のゴールで勝たせる、ゴールがなくても勝つ、優先順位はこんな感じだろうか。エースの復活に沸き立つ報道陣を前に、ゴール前と同様の冷静さでユンカーは言う。「ただ、これは1試合の勝利でしかないし、勝点3でしかない。今日やったことで勝点10になるわけでもない」。Jリーグでのハットトリックは2度目のことで、前回は浦和時代だったが試合には勝てなかった。その分だけ今回の3得点は喜びも多いものにはなったが、ユンカーは浮かれることなく淡々と話す。
「前のハットトリックも特別だったけど、3-0から3-3にされた試合だったから、今日の方が気分はいい。でも違うんだ、僕は試合に勝ちたいんだよ。ただ、試合に勝ちたいんだ。何のために戦うかって、勝つためにプレーするんだよ。だから試合に勝つためにゴールを決めることは、僕にとって特別なことなんだ」
純度100%のストライカーである。好きなシュートパターンはない。「足でも頭でも腰でも、身体のどこに当たっても、ゴールに入れば得点だ」といつも言う。「チャンスをくれれば自分は決める」とも。勝ちたい、勝つために必要な得点が欲しい、そしてそれを仕留める力が自分にあると自覚する頼もしい男の完全復活は、ここからだ。
Reported by 今井雄一朗