「ザ・ストライカー」。そんな代名詞が相応しいのが今シーズン開幕後の3月上旬、ウクライナのゾリャ ルハンシクから期限付き移籍で福岡にやってきたJリーグ史上初のイラン人選手シャハブ ザヘディだ。
明治安田J1リーグ第9節の磐田戦。敵将の横内昭展監督が「多少持たれていいゾーンは選手と共有していた」と言うように立ち上がりからボールを保持する時間が長くなったものの、相手の守備ブロックの前にスムーズなボールの前進、そしてチャンスをクリエイトする回数は少なく、いわゆる「ボールを持たされる」展開からカウンターで2点を失った。そんな劣勢の戦局を好転させたのは、58分からピッチに立ったウェリントン。ストロングヘッダーをターゲットにシンプルにロングボールを多く送り込む。攻撃の組み立てを変えたことで前線に起点ができ、ゴールに迫る回数は格段に増えた。
そこでザヘディは圧倒的な決定力を見せる。反撃の狼煙を上げるゴールが生まれたのは60分。後半途中から左WBへとポジションを移した岩崎悠人がサイドを切り裂く。持ち味のスピードを活かして縦へと突破し、クロスボールをウェリントンへ。その落としを受けた9番は自らシュートコースを作り出し、左足をコンパクトに振り抜いた。
勢いは止まらない。78分、相手のパスミスを受けると、ドリブルで前進。右側にフリーでいる紺野和也を視界に捉えたが、ゴールへと向かうストライカーに迷いはなかった。「自分でシュートを打つ」。ペナルティエリアへ加速しながら侵入すると、深い切り返しで相手を交わし、またしても左足で力強いシュートを放つ。GK川島永嗣に当たりながらもボールはゴールへと吸い込まれた。
「最後の30分に関しては、試合を見ていただいた方にとってはかなり楽しんでいただけるようになったんじゃないかと思います。交代で入ってきた選手がボールに良いエネルギーをもって攻撃に厚みを加えてくれました。そこは必要な部分であったと思います。そして、それは監督の判断が正しかったんじゃないかと思います。勝つことはできませんでしたが、負けることもなかったので、良い(試合の)締め方はできたんじゃないかなと思います」
チームの苦しい状況を跳ね返す値千金の2ゴール。デビュー戦となった第4節のFC東京戦でいきなりアシストを記録すると、ここまでリーグ戦6試合で5ゴールを挙げ、得点力に苦しむ福岡の救世主となっている。
懐が深い。彼を見ているとそんなプレーが目立つ。その源は体幹の強さがもたらすフィジカルと足元の上手さ。対処が難しいボールでも無理が効く。抜群のボディバランスで自分の懐にスッとボールを収め、緩急をつけながら自在にボールを操る。オフ・ザ・ボールでも中央に構えるだけでなく、1トップの位置から流動的にサイドにも流れ、相手の捕まえづらいポジションをとって脅威を与え続ける。決してシュート数は多くないが、確かな技術と冷静な判断で印象深いゴールを積み重ねる背番号9について「持ってますね。ああいう(チャンスの)場面できちっと(シュートを)枠に入れていく」と長谷部茂利監督が言えば、岩崎は「ボックスストライカー的な感覚を持っているし、ゴールへの意欲もすごく、そこまで後ろの選手が作ってあげてゴール前でパスできれば何かしてくれる」と絶大な信頼を置く。多少プレースタイルは違うが、今の福岡にとってザヘディはアーリング ハーランド(マンチェスター シティ)を彷彿とさせる存在感だ。
「リーグ戦6位以上、カップ戦ベスト4以上」を今シーズンの目標に掲げる福岡にとってザヘディの得点力はこれからも必要不可欠。ただ、長谷部監督が「多くの人間が関わってというよりは、少ない人数で取った得点だったと思うので、両手放しには喜べません」とこの日の2ゴールを評価するように特定の個人に依存するチーム作りをしていない中で、彼の活かし方が今後の大きなカギとなる。求められるのは、チーム全体で課題とするボール保持の質を上げ、ザヘディだけに頼るのではなく、効果的にザヘディを使い、ゴールを奪うための引き出しの一つとしてチームに組み込むこと。それが実現することで福岡の目指す場所へと近づいていくはずだ。
「我々の目標を達成できるようにやっていきたい」と力強く言葉を発し、取材が終わると集まった報道陣に笑みを浮かべながら日本語で「ありがとう」と何度も繰り返し、ミックスゾーンを後にしたザヘディ。ナイスガイで頼もしい福岡の新エースから目が離せない。
Reported by 武丸善章