「スルメですね。噛めば噛むほど味が出る。いぶし銀というか、玄人好みというか、見る人が見ればわかるよねという選手だと思います」
須藤大輔監督がそう評したのは、藤枝在籍7年目、チームの功労者でもある33歳のDF、久富良輔だ。持ち場は右ウイングバックか右センターバックで、華麗なドリブルやテクニック等が目立つ選手ではないが、今季はその玄人好みの部分にスポットが当たった試合があった。
3月20日の山形戦(第5節)のDAZN中継で、解説を担当した越智隼人さんが、右センターバックを務めた久富の地味ながらチームにとって欠かせない働きを絶賛したからだ。これまでの久富の歩みを知る藤枝ファンは「よく言ってくれた!」と喜び、友人たちからは「すごく褒めてくれてたよ」と伝えるメールが殺到したという。
「すごい速さとか高さとか特別な身体能力はないですけど、それを補うサッカーIQというか、この場ではどうした方がいいのかという最適解を導き出すのがドミ(久富の愛称)はうまいですね」
ただ、その持ち味は初めから備えていたわけではない。
2013年に産業能率大学を卒業した久富が加入したのは、アマチュアチームの「ザスパ草津チャレンジャーズ」(当時は群馬県3部リーグ)だった。そこで成長を認められて翌年J2のザスパクサツ群馬(当時)に個人昇格してプロ入り。2年間で32試合に出場したが、さらなる出場機会を求めて2016年に当時J3の藤枝に移籍した。
当時の最大の武器は、右サイドで何度でも上下動を繰り返す走力やタフさ、球際の粘り強さや献身性といったところ。「頑張りの効く選手」という印象が強かった。ただ、人の話を素直に聞いて、良いと感じたところはスポンジのようにどんどん吸収していくという面は当時から際立っていた。そして2年間主力として試合に出続ける中で、ポジショニングや裏に飛び出すタイミング、クロスの質・精度など戦術・技術面にも磨きをかけ、着実に成長を続けていった。
その成果が認められて、2018年にJ2の栃木に引き抜かれ、栃木でも主力の1人として活躍。3年目の契約延長オファーもあったが、自分を大きく成長させてくれた藤枝に恩返しするために2020年に戻ってきた。そして文字通りチームのために全力を尽くし、仲間と一緒にJ2の舞台に戻ってきた。
それこそ須藤監督が「最適解を導き出す」と語った部分。その場その場の状況に応じて、どこに立ち位置をとるのか、どこにパスを出すのか、どこをカバーするのか。パスやクロスを出すべきタイミングを逃さない、無理ならやり直すという判断も含めて、その的確さが昨年から今年にかけて非常に目立つようになってきた。
「そこは年齢を重ねるごとに成長できている部分だと思いますし、ケガをしていたときに上(スタンド)から試合を観ることが多くなって、自分なりにいろいろ気づくこともありました。ただ、もっともっと良くなれる部分はあると思うので、周りの意見を聞いて立ち位置を少し変えてみるとか、変化することを恐れずにどんどんチャレンジしていきたいですね。変化するにはやっぱりエラーも伴いますけど、それを怖がらずに成長したいという気持ちはすごくあります」と本人も言う。
30歳を過ぎても変化や失敗を怖れず、一歩一歩着実に成長を続けていく。それは口で言うほど簡単なことではない。
「ベテランでも成長できるとよく言いますが、その典型的な選手ですよね。観ていて本当に毎年良くなっている。ドミを追い越したい若手はたくさんいると思いますが、それ以上に成長してポジションをつかんで1年が終わるという印象です。本当に素直だから、監督が求めたことをすぐピッチで表現できるし、そういう“聞く耳”もあるから伸び続けられる。本当に若手みたいなベテランというか。このまま伸び続けて終わるのかなと思います」と養父雄仁コーチは証言する。
フィジカル面でも、スピードや切れという部分は以前ほどではないかもしれないが、まだ成長できる面はあると彼自身は考えている。
「1回長期離脱して。かなりコンディションが下がっているなと自分でも感じてましたが、一昨年から去年、今年とどんどん上がってきてます。梶さん(梶川諒太)という良いお手本が目の前にいるので、自分でもまだ上がると感じてますし、調整、調整だけじゃなくてトレーニングの強度はもう1つ上げていきたいと思っています」(久富)
実際、身体能力が高いJ2のアタッカーに対しても最後まで粘り強く対応し、自由にやらせるシーンは少ない。「有酸素系の能力や忍耐力という面の器も大きい」(須藤監督)、「基礎となる走る、戦う、頑張るという部分は抜群ですし、練習でもまったく手を抜かずに全力でやってくれるので、『やべえ、ドミさんがやってるからやんなきゃ』という雰囲気を作ってくれる」(養父コーチ)という声もある。
「試合中のパス本数とかいろいろデータが出ますけど、試合中に味方とコミュニケーションをとっている回数とか、効果的なコーチングしている回数とかが調べられたら、いちばんはドミだと思うんですよ」と養父コーチは言う。
本人もそこは強く意識している部分だ。
「お互いの良さを出すというのが、チームとして強くなっていくのにいちばん大切なことだと僕は思っています。もちろん誰にもストロングポイントとウィークポイントは必ずあるので、お互いに話し合って良い部分をなるべく多く出せるようにという目的もあって、コミュニケーションというのをすごく意識しています」(久富)
その際に、若い選手に対しても「上から押しつけるんじゃなくて、相手の意見もちゃんと聞きながら話している。周りをうまくする能力もあると思います」と養父コーチはつけ加える。
試合中にとくに多く久富と関わり、多くのコミュニケーションをとっている右ウイングバックのシマブクカズヨシは「ドミくんが後ろにいる安心感があるので、自分も勇気を持って守備でも攻撃でも思いきり良くやれています」と言う。
「どんなチーム状況であっても、ポジションを取ることとか戦うこととか、当たり前のことを当たり前にやり続けてくれる。その中で自分の良さもしっかり表現できているのは、本当にすごいと思います」(西矢健人)
「本当に謙虚だし、人の話もよく聞くし、いちばん見習いたい人」(鈴木翔太)と周囲からの信頼感も抜群。ピッチ外では本当に温厚でやさしく、チームで2番目の年長者だが、イジられ役としても五指に入る。
今チームとしては少し壁にぶつかっているが、それを乗り越えるためにもさらに多くのコミュニケーションをとり、大きな役割を果たしていくはずだ。
「雑草軍団」を自称する藤枝MYFCの中でも、その経歴や地道にたくましく成長し続ける姿は、まさに雑草魂を象徴している。「雑草でも観葉植物店で『きれいだね』って売られる可能性がある。本当に良い道を示してくれています」と須藤監督も影響力の大きさを称える。
久富や梶川のようなベテランの存在が、藤枝をより魅力的なチームにしているということを、今回多くの選手、スタッフの話を聞きながらあらためて実感することができた。おそらく本人がこの記事を読めば「褒めすぎですよ」と照れるだろうが、彼の人柄や日々の行動を知る人たちは「まだ褒め足りないよ」と言うかもしれない。
Reported by 前島芳雄
須藤大輔監督がそう評したのは、藤枝在籍7年目、チームの功労者でもある33歳のDF、久富良輔だ。持ち場は右ウイングバックか右センターバックで、華麗なドリブルやテクニック等が目立つ選手ではないが、今季はその玄人好みの部分にスポットが当たった試合があった。
3月20日の山形戦(第5節)のDAZN中継で、解説を担当した越智隼人さんが、右センターバックを務めた久富の地味ながらチームにとって欠かせない働きを絶賛したからだ。これまでの久富の歩みを知る藤枝ファンは「よく言ってくれた!」と喜び、友人たちからは「すごく褒めてくれてたよ」と伝えるメールが殺到したという。
アマチュアスタートからスポンジのような吸収力で
冒頭の言葉に続いて、須藤監督は次のようにつけ加えた。「すごい速さとか高さとか特別な身体能力はないですけど、それを補うサッカーIQというか、この場ではどうした方がいいのかという最適解を導き出すのがドミ(久富の愛称)はうまいですね」
ただ、その持ち味は初めから備えていたわけではない。
2013年に産業能率大学を卒業した久富が加入したのは、アマチュアチームの「ザスパ草津チャレンジャーズ」(当時は群馬県3部リーグ)だった。そこで成長を認められて翌年J2のザスパクサツ群馬(当時)に個人昇格してプロ入り。2年間で32試合に出場したが、さらなる出場機会を求めて2016年に当時J3の藤枝に移籍した。
当時の最大の武器は、右サイドで何度でも上下動を繰り返す走力やタフさ、球際の粘り強さや献身性といったところ。「頑張りの効く選手」という印象が強かった。ただ、人の話を素直に聞いて、良いと感じたところはスポンジのようにどんどん吸収していくという面は当時から際立っていた。そして2年間主力として試合に出続ける中で、ポジショニングや裏に飛び出すタイミング、クロスの質・精度など戦術・技術面にも磨きをかけ、着実に成長を続けていった。
その成果が認められて、2018年にJ2の栃木に引き抜かれ、栃木でも主力の1人として活躍。3年目の契約延長オファーもあったが、自分を大きく成長させてくれた藤枝に恩返しするために2020年に戻ってきた。そして文字通りチームのために全力を尽くし、仲間と一緒にJ2の舞台に戻ってきた。
大ケガを経て、さらに成長を加速
ただ、2021年11月の試合中に左膝前十字靭帯を損傷し、長期離脱。2022年9月に復帰して8試合に出場し、J2昇格決定の瞬間にピッチに立っていることはできたが、昇格に十分な貢献ができなかった悔しさもあった。だが、本格復帰した2023年は、以前とはまた異なる特徴を見せ始めた。それこそ須藤監督が「最適解を導き出す」と語った部分。その場その場の状況に応じて、どこに立ち位置をとるのか、どこにパスを出すのか、どこをカバーするのか。パスやクロスを出すべきタイミングを逃さない、無理ならやり直すという判断も含めて、その的確さが昨年から今年にかけて非常に目立つようになってきた。
「そこは年齢を重ねるごとに成長できている部分だと思いますし、ケガをしていたときに上(スタンド)から試合を観ることが多くなって、自分なりにいろいろ気づくこともありました。ただ、もっともっと良くなれる部分はあると思うので、周りの意見を聞いて立ち位置を少し変えてみるとか、変化することを恐れずにどんどんチャレンジしていきたいですね。変化するにはやっぱりエラーも伴いますけど、それを怖がらずに成長したいという気持ちはすごくあります」と本人も言う。
30歳を過ぎても変化や失敗を怖れず、一歩一歩着実に成長を続けていく。それは口で言うほど簡単なことではない。
「ベテランでも成長できるとよく言いますが、その典型的な選手ですよね。観ていて本当に毎年良くなっている。ドミを追い越したい若手はたくさんいると思いますが、それ以上に成長してポジションをつかんで1年が終わるという印象です。本当に素直だから、監督が求めたことをすぐピッチで表現できるし、そういう“聞く耳”もあるから伸び続けられる。本当に若手みたいなベテランというか。このまま伸び続けて終わるのかなと思います」と養父雄仁コーチは証言する。
フィジカル面でも、スピードや切れという部分は以前ほどではないかもしれないが、まだ成長できる面はあると彼自身は考えている。
「1回長期離脱して。かなりコンディションが下がっているなと自分でも感じてましたが、一昨年から去年、今年とどんどん上がってきてます。梶さん(梶川諒太)という良いお手本が目の前にいるので、自分でもまだ上がると感じてますし、調整、調整だけじゃなくてトレーニングの強度はもう1つ上げていきたいと思っています」(久富)
実際、身体能力が高いJ2のアタッカーに対しても最後まで粘り強く対応し、自由にやらせるシーンは少ない。「有酸素系の能力や忍耐力という面の器も大きい」(須藤監督)、「基礎となる走る、戦う、頑張るという部分は抜群ですし、練習でもまったく手を抜かずに全力でやってくれるので、『やべえ、ドミさんがやってるからやんなきゃ』という雰囲気を作ってくれる」(養父コーチ)という声もある。
お互いに自分の良さを出し合うために
そうして背中で語る面も多大だが、コミュニケーションという面でも久富は大きな役割を果たしている。「試合中のパス本数とかいろいろデータが出ますけど、試合中に味方とコミュニケーションをとっている回数とか、効果的なコーチングしている回数とかが調べられたら、いちばんはドミだと思うんですよ」と養父コーチは言う。
本人もそこは強く意識している部分だ。
「お互いの良さを出すというのが、チームとして強くなっていくのにいちばん大切なことだと僕は思っています。もちろん誰にもストロングポイントとウィークポイントは必ずあるので、お互いに話し合って良い部分をなるべく多く出せるようにという目的もあって、コミュニケーションというのをすごく意識しています」(久富)
その際に、若い選手に対しても「上から押しつけるんじゃなくて、相手の意見もちゃんと聞きながら話している。周りをうまくする能力もあると思います」と養父コーチはつけ加える。
試合中にとくに多く久富と関わり、多くのコミュニケーションをとっている右ウイングバックのシマブクカズヨシは「ドミくんが後ろにいる安心感があるので、自分も勇気を持って守備でも攻撃でも思いきり良くやれています」と言う。
「どんなチーム状況であっても、ポジションを取ることとか戦うこととか、当たり前のことを当たり前にやり続けてくれる。その中で自分の良さもしっかり表現できているのは、本当にすごいと思います」(西矢健人)
「本当に謙虚だし、人の話もよく聞くし、いちばん見習いたい人」(鈴木翔太)と周囲からの信頼感も抜群。ピッチ外では本当に温厚でやさしく、チームで2番目の年長者だが、イジられ役としても五指に入る。
今チームとしては少し壁にぶつかっているが、それを乗り越えるためにもさらに多くのコミュニケーションをとり、大きな役割を果たしていくはずだ。
「雑草軍団」を自称する藤枝MYFCの中でも、その経歴や地道にたくましく成長し続ける姿は、まさに雑草魂を象徴している。「雑草でも観葉植物店で『きれいだね』って売られる可能性がある。本当に良い道を示してくれています」と須藤監督も影響力の大きさを称える。
久富や梶川のようなベテランの存在が、藤枝をより魅力的なチームにしているということを、今回多くの選手、スタッフの話を聞きながらあらためて実感することができた。おそらく本人がこの記事を読めば「褒めすぎですよ」と照れるだろうが、彼の人柄や日々の行動を知る人たちは「まだ褒め足りないよ」と言うかもしれない。
Reported by 前島芳雄