昨季がブレイクの年だとすれば、今季は確立のシーズンだと言えた。「あんなにはがしていけるセンターバックいないよ」と長谷川健太監督も称賛する推進力、187cmの長身ながらチーム屈指の俊足という身体能力を活かした対人守備能力、空中戦ももちろん強く、実はミドルシュートも得意だ。3月に日本代表にも追加招集されたことでその実力は名実ともに認められることとなり、今季ここまでリーグ戦は全試合、カップ戦でもチームトップの出場数を誇る。藤井陽也を欠いて名古屋の闘いを想像するのは、今ではちょっと難しい存在だ。
週末にはビッグゲームが控える。金曜日の横浜FMの試合結果によっては、神戸は勝てばホームで優勝を決めることができる。対戦相手は名古屋。豊田スタジアムでは土壇場で生まれた藤井のゴールによって引き分けるという、劇的な終幕を迎えた試合だった。ただし、その試合後の藤井の言葉を今一度振り返ると「自分のミスもあるし、それを取り返せたのはすごく良かったんですけど」と喜んだ一方で、「本当に嬉しさと悔しさが半分、悔しさの方がちょっと強い」と複雑な表情をしていたことを思い出す。
藤井はそれを明言しなかったが、今回はリベンジマッチにもなるのだろう。リーグでの前回対戦は大迫勇也に1得点1アシスト以上の大立ち回りを許し、得点の場面では自分がマークを外してしまったと悔やんだ。あれから7ヵ月。チーム内での存在感を攻守両面で大きく増した藤井は、強敵を前に1年の積み重ねという意味でも勝負に勝ちたいと意気込む。
「相手は前線にフィジカル的に強い選手が多いですし、そういった意味でも一人ひとりの対応がすごく大事になってきます。カバーリングもそうですし、前回はリスクマネジメントのところでやられてしまったので、しっかり気を引き締めてやらなきゃいけない。大迫選手は前回もクロスのところは常に狙っている怖さがあって、その1本でやられてしまいましたし、クロス対応は1年を通してチームとしても、自分としても課題としてやってきたところ。それを大迫選手のようなスーパーな選手に対して、どれだけできるのかというのは今年1年の成果が問われるとも思います。しっかり個人としても、チームとしてもできればと」
まずは守備で相手のストロングポイントに対抗し、チームに安心感を与えるのが第一の役目。それはセンターバックとして当たり前のことではあるが、今の名古屋において藤井の攻撃参加もまた不可欠の要素になってはいる。前節の湘南戦は相手の戦い方もあったが、3バック左の選手が90分でチーム最多タイの4本のシュートを放った事実は揺るぎなく、彼自身にもそこは役割として、そして自信のある部分として認識できていることは明らか。前体制でよく見た選手全員参加のシュート練習では常に先頭に並び、チームメイトの喝采を浴びてきた隠れシューターである。チャンスがあれば迷いなく、足を振り抜く覚悟はできている。守備の要にして、攻撃のプラスアルファ。攻撃にかんする責任感や意欲も、藤井の持つ重要な能力の一部だ。
「4本もシュートが打てたことは良かったけど、そこの精度は高めないと打つ意味がないですから。シュートを打って相手が出てくれば、パスコースが空いたりとかもあるので、打つことが全てじゃないです。でも、シュートを打つことが攻撃に対してより効果的になっていけば、それはすごくいいかなと。ここ数試合はチャンスも多く作れていますし、自分がかかわったチャンスも作れたりもしている。そこはすごく自信を持っていいですし、決定機に持っていけるところまで自分がもっとかかわっていきたいと思います」
ややこじつけにはなるが、巡り合わせも良い。前回対戦で劇的ミドルを叩き込んだ対戦を前にした21日深夜、アカデミーの同期である菅原由勢が日本代表での初得点をミドルの形で決めた。「もちろん見ました」と相好を崩した藤井は「由勢は昔からキックが上手いんですよ。すごかった」と続け、かつての仲間の活躍を喜ぶ。自分の得意な形では、と問えば「いや、あんなのは打てないですよ」と謙遜したが、観ている側は否が応でも期待する。嫌だと言われても勝手に期待は膨らませる。
「このチームでできるのもあと2試合ですし、最後はみんなで勝って終われるように。笑って終われるようにしたいなって思います。サポーターもそういう姿を待っていると思うんで」
後半戦の苦戦に少しでも良い終わり方を迎えるため、1年間の自分たちの思考錯誤と研鑽に答えを見つけるため、2023年のチームに少しでも笑顔を取り戻すため。藤井陽也は自陣で身体を張り、敵陣に果敢に攻め入り、結果へと執着していく。前回は引き分けるのがやっとだった相手から、勝利を奪い取るために。
Reported by 今井雄一朗