引き分けでもJ2昇格の可能性が消滅する。明治安田生命J3リーグ第36節は、そんな窮地で迎えた。ホーム、今治里山スタジアムで対するのは、勝点8差で追う2位・鹿児島ユナイテッドFCである。
FC今治は3連敗中で、前節は「伊予決戦」に敗れ、愛媛FCのJ3優勝と昇格を目の前で見せつけられた。後がないチームは、そんな重苦しさを感じさせない、アグレッシブな戦いをキックオフ直後から展開。試合の主導権を握った。
ところが9分、右サイドバックの下口稚葉が自陣で横パスをカットされ、ゲームキャプテンでセンターバックを務める照山颯人のクリアミスも重なって、鹿児島に先制ゴールを許してしまう。
今シーズン、ここまで逆転勝利が一度しかなく、この連敗中は失点すると明らかに落胆していたチームが、鹿児島戦ではまるで違う表情を見せた。良い試合の入り方をしたテンションそのままに、後半2ゴールを奪って逆転勝利。昇格争いに踏みとどまった。
試合後、63分に同点ゴールを決めた三門雄大が、ハーフタイムの様子を教えてくれた。「後半が始まるとき、稚葉が『みんな、ごめん。助けてくれ!』と言ったんです。思っていても、なかなか言えることじゃない。チームの大きな力になったし、みんなで助けられたのは本当に良かった」。
仲間を助けたい強い思いは、第8節Y.S.C.C.横浜戦以来、久しぶりの先発となったセンターバックの白井達也も同じだった。失点時には、すぐに『取り返すぞ!』という身振りを見せて仲間を鼓舞。そのとき、第7節カターレ富山戦で当時の髙木理己監督(現AC長野パルセイロ監督)から自分に向けられたゲキを思い出していたという。
「あの富山戦は前半、僕のミスから失点して先制されたんですけど、ハーフタイムに理己さんから『お前がこのゲーム(の勝利)を持ってこい』と言われたんです。同じようなことを稚葉にも言いました。『むしろ、いいシチュエーションじゃん。この試合を逆転で勝てたら、俺たちの力は本物だよ』って。
それにミスが失点につながってしまいましたが、稚葉やテルへの信頼は全く変わらないし、影響なくプレーできました」
第8節の富山戦は、マルクス ヴィニシウスのハットトリックで逆転勝利を収めた。それだけに鹿児島戦の白井は、下口や照山の胸の内を、より強く感じながらプレーし続けただろう。
神奈川大学から2020年、SC相模原に加入し、昨シーズンまでプレーした白井は、オフのJPFAトライアウトを経て、FC今治に加入した。開幕戦で先発し、シーズン序盤は出場を重ねたが、シーズン中盤からは試合メンバーにも入らない苦しく、難しい時期を経ての鹿児島戦。トライアウトという、プロ選手として後がない状況を経験したことを糧とし、怠ることなく準備してきたことを、安定したパフォーマンスで見事に証明した。
「なかなかチャンスが来ない状況だったけれど、出番が来たら自分の持ち味を出してチームの力になる自信はずっと持っていました。それが結果につながってホッとしているし、ブレずにやるべきことをやってきてよかった」
インターセプトが持ち味だが、それだけではない。的確なカバーリングや、ボールを持って数メートル前に運ぶさりげない持ち上がりなど、攻守にわたってチームが円滑に戦う基盤となり続けた。
「逆転勝ちして、最高のひと言しかないです。シーズン残り2試合、勝点6を積み上げることしか僕たちにはできない。最高の準備と試合をあと2回できるかどうか、自分はまた試されているのだな、と試合が終わったときに感じました」
チームにパワーと安定感を提供するために。準備と取り組みが変わることはない。
Reported by 大中祐二