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【取材ノート:神戸】丸刈り決意から9ヵ月。井出遥也のJ1初ゴールが意味するものは…

2023年10月26日(木)


国立競技場でのホーム開催となった明治安田J1第30節。ヴィッセル神戸は、負ければ逆転優勝の望みが消える“がけっぷち”の鹿島アントラーズと対戦した。神戸は勝てばクラブ史上初のJ1制覇へ大きく前進する大一番。53,444人が詰めかけたスタジアムを沸かせたのは神戸アカデミー育ちの佐々木大樹と今シーズンから加入した井出遥也だった。神戸は開始16分に井出のクロスから佐々木のヘディングシュートで先制に成功。前半終了間際には井出が武藤嘉紀のクロスを頭で合わせて追加点。さらに83分に再び佐々木が決めて3-1で快勝した。


1ゴール1アシストの活躍を見せた井出は、ゴールセレブレーションとして右手の指3本と左手の指1本を立てて「31」を表現した。

鹿島戦の後、ミックスゾーンで「31」の意味を尋ねると、彼はこう答えた。

「遠藤翼選手が白血病になって、今シーズンが始まってからゴールを決めたら背番号の31を掲げようと決めていました。昨日(鹿島戦の前日)も電話をもらっていて、ゴールを決めたらやろうと思っていました」

遠藤翼は18歳で渡米し、メリーランド大学を経て2016年にカナダのトロントFCに加入した選手。メジャーリーグサッカーのドラフト1巡目で指名された日本人初のMF/FWである。井出とは同郷・千葉の小学生の同級生で、親友の間柄である。

遠藤は将来を嘱望された選手だったが、昨夏に体調不良を訴えて帰国。12月下旬には自身のTwitter投稿で急性白血病であることを公表した。現在は日本で闘病生活を送っている。

実は2月7日の公開練習でも井出は遠藤について言及している。茶髪・丸刈り頭の意味を聞かれた井出は「闘病中の遠藤選手に少しでもパワーを与えられるように。その覚悟を表すために丸坊主にしました」と答えていた。

同時にこの丸刈りは「世界で一番好きな選手」と憧れを抱いていたアンドレス イニエスタとの、熾烈なポジション争いに向かう決意表明でもあった。

前所属が東京ヴェルディということからも察しがつくように、井出はもともと攻撃センスが武器のMFだ。ドリブル良し、パス良し、ゴールも狙える逸材だが、神戸では前線から守備のスイッチを入れる役割に徹し、本来のプレースタイルは影を潜めていた。

理由は古傷の痛みを抱えていたこと、そして憧れのイニエスタに勝つためには自分を捨てることも必要だと考えたからだった。

「アンドレスと同じことをしていても勝てない。でも、勝たないと試合には出られない。では、どこでアンドレスに勝つのか。走ることと献身的なプレーなら…。神戸に来る前からプレースタイルを変えようと思っていました」

守備面で汗かき役に徹した井出は吉田孝行監督に重宝された。イニエスタの出番が減ったのも井出の活躍が影響している部分もある。だが、その井出もしばらくリーグ戦から遠ざかる悔しい期間もあった。それを経て、再びピッチに立つようになった井出には変化があった。チームのタスクである守備をやりつつも、本来の攻撃センスも披露しはじめたのである。鹿島戦の1ゴール1アシストはまさにそれを証明する結果だった。

井出は「ここ1~2ヵ月、痛みが消えて久しぶりに楽しくプレーできています。練習も楽しいです」と明るい表情を見せるようになった。彼の中のプロ選手としてのギアが一つ上がった印象を受ける。

守備のスイッチを入れてきた井出だが、残り4試合は攻撃でJ1初優勝へのスイッチを入れる。あのJ1初ゴールは、友へのエールと自身の覚醒を意味している。

Reported by 白井邦彦