自分が道を切り拓いてやる。そんな強い意志を感じる鶴野怜樹のこのゴールにどれだけ多くの人が勇気をもらっただろうか。
「ピッチに立っている以上は諦めるわけにはいかないし、こんな遠いところまで応援に駆けつけてくれているファン・サポーターの方たちの為にも嫌な顔というか、下を向いていられない。誰も下を向いている人はいなくて次につなげようという気持ちが後ろの選手からどんどん感じて背中を押されていた。あのまま終わっていたらチームが下を向いてズルズル引っ張って、ルヴァンカップでも嫌な結果になってしまうというふうな未来がうっすら見えていた」
試合後のミックスゾーンで敗れた悔しさを滲ませながら、強い眼差しで言葉を紡いだ。福岡にとって初めてとなる天皇杯 JFA 第103回全日本サッカー選手権大会の準決勝の舞台。2020年に天皇杯を制し、これまでに様々なタイトルを獲得してきた川崎F相手に力の差を見せつけられ、後半アディショナルタイムまでに3点のビハインドを負う展開。それでも鶴野は状況を好転させようともがき、ゴールに矢印を向け続けた。90+6分、ロングボールを山岸祐也が落としたところに瞬時に反応。前を向く。相手DFとのフィジカルコンタクトを制し、ドリブルで自らシュートコースを作って思い切り左足を振り抜いた。
「思い切り前を向いて振り抜こうとあの時、瞬時に思って、ゴールは見てなくて本当感覚で振り抜いた。ハーフタイムぐらいの時からスタッフ、コーチの方から『自分で仕掛けていくイメージを持っとけ』というふうに言われていて、もちろん自分の特長はスピードを活かしたドリブルとか、そういうのが特長だったので、本当に瞬時の判断でしたけど、前を向いて仕掛けて足を振り抜いて点を取ることができたのは良かった」
明治安田生命J1リーグ第10節に続いて奪った川崎F相手のゴール。立正大淞南高校時代の全国高校サッカー選手権大会で得点を挙げたこの日の舞台である等々力陸上競技場にも良いイメージを持っていた。特長である一瞬で相手を置き去るスピードを活かしつつ、そこには冷静な判断と技術の高さが伴っていた。そして、それを支えているのはゴールに対する強い意志だ。
「もっともっと点数を取ってチームを勝利に導きます」。いつも彼の言葉は力強い。「~のように感じます。~と思います」のような言葉遣いではなく、「~です。~します」と言い切る形の言葉が多い。その裏にはルーキーということを忘れてしまうほど責任感の強さを感じる。
そんな彼ももがき苦しんでいた。今シーズンの前半戦はJリーグYBCルヴァンカップでプロ初先発・初ゴールを挙げるなど途中出場でも得点に絡む活躍を見せ、4月にはU-22日本代表候補にも選出。だが、夏場以降は出場機会が減少し、なかなか結果を出せない日々が続いていた。その中で迎えた大一番。チームメイトから多くの声を掛けてもらったと言う。その一つである湯澤聖人からの言葉を教えてくれた。「数年プロサッカー生活をしているけど、準決勝のピッチに立つのは俺初めてだよ。だから楽しんで」。この大舞台で自分がどれだけできるのか考え、想像した。頭に思い浮かんだのは点を取ってヒーローになること。自然と高まるモチベーション。いつの間にか余計な力は抜け、ピッチに立つことが楽しみで、楽しみで仕方なくなっていた。そして、同時に覚悟も決まった。この試合で自分はやるしかないと。そんな強い意志によって生まれた背番号28のゴールはただの1点ではない。福岡に関わる人々はその姿に心を揺さぶられ、確かな希望を抱いた。
「チームは生きている」。長谷部茂利監督はこう言い切った。クラブ史上初となるタイトル獲得へ。再び頂を目指す戦いとなるルヴァンカップ準決勝はもう間近に迫っている。鶴野が見せた意地は必ずや福岡の力となるはずだ。
Reported by 武丸善章