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【取材ノート:名古屋】名古屋グランパス四季折々:名古屋の闘将・稲垣祥。言い訳無しの決意と覚悟

2023年9月21日(木)


頭も身体もフル回転なのである。名古屋のキャプテンとしてチームに目を配り、ボランチとして攻守の要衝を任される。チーム戦術について長谷川健太監督と意見交換をしている姿は毎回の公開される練習で見られる光景であり、それはまさに「祥はもう、ピッチの中の監督だという風に思ってます」(長谷川監督)という信頼感の表れだ。稲垣祥自身も、キャプテンの役割として監督と選手をつなげる橋渡し役という認識を就任当初から持っている男であり、名古屋グランパスというチームの文字通り心臓部として不可欠の存在になっている。

だからこそ、苦しい。サマーブレイクが明けてすぐは新潟、鹿島と連勝を収めたが、浦和とC大阪に今季初のリーグ戦連敗を喫すると、天皇杯でも柏に敗れて公式戦3連敗。16日間で5試合という連戦は横浜FCにも土壇場で追いつかれ、前節の福岡にはアウェイで終了間際に決勝点を奪われた。3位以内を何とかキープしてきた順位もこの敗戦で5位に後退し、厳しい目がサポーターからも向けられている。広島から移籍してきて4年目、チームに愛着も湧き始め、サポーターのことを誰よりも愛する男だけに、この状況が苦しくないわけがない。

しかし、稲垣は動じない。ここまで上位争いを演じてきたチームの力を信じているし、現状の何かが決定的に悪いとは感じていないからだ。その上で、自分にできることは何かと考えれば、チームの生命線にして自身の持ち味でもある運動量とプレー強度をしっかりと表現すること。その覚悟は常日頃から、そして今なおさらに固まっている。



「そこは俺がやらなきゃいけない仕事なので。そこを言い訳にしてるようじゃ、やっぱり自分はピッチに立つ資格がないと思っています。攻撃も守備も、自分としてはマストでやらなきゃいけない仕事だし、キャプテンとしてピッチに立っている以上、そこはやりきらないといけないかなとは思います。そこに言い訳はないですね」

ピッチ上の指揮官として、稲垣の思考回路はいま高速回転を始めている。たとえばカウンター。序盤戦の名古屋が猛威を振るった必殺の武器がさまざまな状況によって封じられている中、その解決策を聞けば立て板に水の勢いで語り出す。

「自分たちが守備でアグレッシブに行けているのか、守備の狙いをはめきれているのか。ボールを奪った後に攻撃の動き出しがあるのか、動き出しているのを見ているのか、そのイメージは共有できているのか。そこももちろんある。もちろん相手がそこを埋めていることもあるから、要因はだからひとつじゃないと思う。でも、それを打開していくには自分たちからより仕掛けて、アグレッシブにっていう姿を出すことを、攻撃でも守備でもやっていかないといけない。それは、意識だけでも変えられる」

イメージの共有は稲垣のプレーをも大きく変える。名古屋に来てからの稲垣は技術的にも成長し、より総合的なセントラルMFとしての完成度を高めている印象が強い。特に長谷川監督が就任した昨季は守備的な特徴が第一だったところ、ゲームメイカー的な部分にも成長を求められ、努力を重ねて対応してきたことは指揮官も目を細めたところだ。今季はさらにパスセンスや細かなスキルにおいてもこれまで以上の器用さを見せるようになり、30歳を過ぎてなお進化をしたのだと感心していた。だが、稲垣はそれを否定するのだ。それは自分の進化や成長ではなく、チームとしてのものなのだと。

「この1年とかでそうやって技術的に上手くなるってことはないんですよ。ちょっとずつ年を重ねてというところではあるんですけど。だけど、見ている皆さんがそう感じるんだったら、それはやっぱり、味方が走るところが勝手にわかっていたりとか、味方がどこにいるかが勝手にわかっていたり、チームとしての戦術やグループでの共有ができているから、そう見えるだけ。僕に限らずチームの流れや周りの味方の引き出し方ひとつで、選手の見られ方というのはいくらでも変わると思う。そのひとつかなって思います」

興味深い考え方だった。できなかったプレーができるようになったわけではなく、チームにそのプレーを引き出してもらっているというのが稲垣のとらえ方だ。「それが共有している、ってことですね」。味方が、チームがどういう動きをするかを無意識レベルで理解しているから、周囲が驚くパスも出せるし判断も速くなる。自然、プレーの密度や精度、クオリティも上がることになり、その表現者として「稲垣は上手くなった」という見られ方になっていく。自己評価が低いわけではなく、ただひたすらに謙虚にサッカーと向き合っている。それは裏を返せばそういった意味での変化に順応、あるいは適応できるだけの強固な土台を持っているという自信の表れでもあり、稲垣という選手の奥深さと潜在能力を感じる。ここだけの話、数々の名選手を育て上げてきた長谷川監督をして、稲垣の元からの特徴である守備能力や走力は「すごすぎる」と言わしめるのだ。



自分への理解が深く、チームへの理解力も深まっていく一方の名古屋のキャプテンは、だからあえて強い決意を口にする。「まずは今いるメンバーがやれることとして、ギリギリの一歩を寄せられているのか、反応は速くできているか、しっかり走れてるのか。そういう細かいところの意識を高めたい。そこは俺が引っ張るべき部分」。試合が始まってしまえば、大半のことは選手で何とかするしかない。ベンチからの指示や戦術変更、選手交代が勝因となることもあるが、稲垣の言う「まずは選手ができることとして」というのはそれ以前のところにある。

「こういう時期は何かのきっかけひとつで良い方向に転がって、スムーズに行ったりもする。そのちょっとしたきっかけを自分たちから作りに行けるかどうか。そういう小さなディテールの積み重ねは絶対に怠らずにやりたいし、やらせていきたい」

頼もしい姿と言葉だった。順位は後退しても、首位との勝点差は開いていない。最後まで諦めないプレースタイルは稲垣を象徴するものであり、名古屋というクラブに息づくレジェンドの言葉にも通じるものだ。極限までボールを追い、チームのために闘うその想いの強さは必ずや、苦境を脱し、タイトル争いを巻き返す“きっかけ”に変わる。

Reported by 今井雄一朗