今季から静岡サッカー界のレジェンド・中山雅史氏を指揮官に起用したアスルクラロ沼津。チーム再建を託された中山監督は「超攻守一体」というテーマを掲げ、プロチームの監督を務めるのは初めてながら開幕から非常にアグレッシブなサッカーを展開。序盤戦は勝ちきれない時期もあったが、徐々に結果が伴い始め、明治安田J3リーグ前半戦を終えた時点で8勝6分5敗(勝点30)の4位という好成績で折り返した。
筆者は中山監督とは出身が同郷で高校も同じという縁もあって古くから面識はあるが、遅ればせながら後半戦の初戦=FC琉球戦(第20節)で実戦を生取材する機会を得た。そこで沼津の選手たちは期待通りの熱いサッカーを見せてくれたので、その魅力や可能性について報告したい。
今季の沼津の基本フォーメーションは、中盤が逆三角形の4-3-3。前に人数をかけやすい布陣で、守備では前線から激しくプレスをかけ、攻撃でも選手が湧き出るように飛び出して前に圧力をかけていく。琉球戦は18時キックオフで気温27.7度/湿度78%という条件だったが、選手たちはまったくペース配分することなく立ち上がりから自分たちのサッカーを全面に出し、押し込む時間を増やしていった。
その中で筆者がまず強い印象を受けたのは、カウンターを受けた際に前の選手が自陣に戻る速さだった。通常なら攻撃側のほうが勢いが出るシチュエーションだが、明らかに守備側の沼津のほうが反応もスピードも速いため、琉球がゴールに近づく前に追いついて止めることができていた。もちろん、ボールを失ったらすぐに奪い返しに行くカウンタープレスも徹底されており、琉球のカウンターを未然に防ぐ回数も多い。
攻撃から守備、守備から攻撃の切り換えの速さが徹底されている部分を見るだけでも、「超攻守一体」という中山イズムが浸透していることは確認できた。それでも中山監督は「そこはスタンダードにしなければいけないですし、それをさらに高いところに、スピードに持っていければと思います。でも今日はまだ緩かったんじゃないですか」と少しも妥協していない。
そして11分にはインサイドハーフの持井響太が良いタイミングでボックス内に飛び込んで相手のファウルを誘い、PKを獲得。これを持井が自ら決めて12分に先制点を奪うことに成功する。
その後もしばらくは沼津が主導権を握っていたが、30分前後からは中盤の隙間にパスを通されるシーンが増え、それを起点に押し込まれる時間が増えていった。そこは琉球の強みが出た部分でもあるが、「ファーストディフェンスが行った後のセカンドディフェンスがついて来られてなかったり、もう一歩寄せるところを寄せきれなかったり、取ったボールもすぐに失ってしまう場面が多かったので。そこの質とか頭の切り替えとか、すぐにポジショニングを取るというのは、この夏場はきついですけど、やっていかないと勝てないと思います」と持井は反省点を口にする。
前後半とも30分以降は前線の選手の足が重くなってくるのはしかたない。だが、それでもフィジカルや判断の質を上げることで守備の緩みをなくしていこうとする姿勢は、指揮官だけでなく選手も自分たちの問題として捉えている。
後半も、蒸し暑さの中で前半ほど強度の高い動きができなくなり、前半同様の膠着した展開が続いた。その中でゴールに迫られるシーンも増えたが、決定機は最小限に抑え、危ないところはGK武者大夢がよく止めて、「辛抱強く守れたというのも一つ評価できるところ」と中山監督も振り返る。
あとは、どこでフレッシュな選手を投入するかという状況だったが、中山監督はそれをギリギリまで我慢し、56分に1人、74分に2人、87分に1人を交代。中でも74分に入った佐藤尚輝と徳永晃太郎はまさに「切り札」となり、82分に左SB濱託巳の左クロスに佐藤がうまくボレーで合わせ、自身の今季初ゴールで追加点をゲット。86分には徳永が一瞬の隙をついてGKの上を越える左足ロングシュートを放り込んで3点目。さらに89分に徳永の左CKからキャプテンの菅井拓也が頭で決めてダメ押しした。
今季の沼津は、ラスト15分に27点中の12点(44%)を奪っており、終盤の得点力が際立っている。その要因のひとつが交代選手の活躍で、「どれだけ走って前半から出ていた選手たちを助けられるかというのが途中から出る選手の価値だと思いますし、僕自身ずっと途中から使ってもらって、信頼してもらってると感じているので、期待を裏切らずにやるべきことをやり続けるだけです」と佐藤は言う。昨年はチーム最多得点した選手なので、先発で出られない悔しさは当然あるだろうが、交代選手の役割が非常に大きい今年のチームの中で大きなやりがいも感じている。
もうひとつ終盤の強さの大きな一因としては、「練習が今までの中でもとくにキツくて、練習に行くのが憂鬱になるぐらいです(笑)。でも、だからこそ最後までみんなが走れていると思います」(佐藤)という超ハードなトレーニングがある。現役時代から誰よりも頑張り、無理が利き、身体の痛みにも非常に強かった中山監督だからこそ、理不尽なほどのハードワークも要求できるし、それに選手たちがついていけるのではないだろうか。
前回は0-3で完敗した琉球に、4-0の大勝でリベンジに成功した試合だったが、「今日の試合は前の10分、後ろの10分、それだけでした。まだまだ足りないものばかりだとは思います」と指揮官は厳しい言葉でチームを引き締める。
とはいえ、交代選手も含めて全員が惜しみなくハードワークし、チームのために献身的に戦う姿は、観ていて本当に気持ち良さを感じさせてくれた。まだ90分を通して自分たちの展開に持ち込むことはできていないが、できている時間帯では、相手を自陣に押し込み、セカンドボールも回収して攻め続けるというサッカーができている。観て楽しく、心から応援したくなるサッカーをしていることは間違いない。
アンカーとしてチームの舵取り役を担う菅井は、「(前の選手の動きが重くなった中で)ハイプレスをかけ続けるのか、プレスに行くラインを少し調整するのかとか、そういう試合運びの判断は(中山監督は)僕らに任せてくれています。ピッチ内の温度感というのを大事にして、中の選手の判断を尊重してくれるので、各々で良い判断でやっていきたいと思っています」と言う。とくに夏場の試合ではそうしたゲームコントロールが重要になるが、そこに選手が意欲的に取り組んでいることは、チームが次のステップに進んでいる証明でもある。
守備陣のリーダーであるセンターバックの藤嵜智貴も、今年のチームのやりがいを口にする。「監督、スタッフ、選手の全員が共通して思い描いてるサッカーがあって、それに対してみんなが一つになって、理想とするサッカーを作り上げようという気持ちをすごく感じます。それが見ている人に伝わってくれれば嬉しいですね。僕自身も、やることがはっきりしているのですごくやりやすいし、やっていて楽しいです」
「超攻守一体」であるだけでなく、チームとしての一体感も抜群。監督としてはルーキーだが熱量では誰にも負けない中山隊長が、見事な手腕を発揮しつつあるのを確認できたことも、筆者にとっては大きな喜びだった。
Reported by 前島芳雄
筆者は中山監督とは出身が同郷で高校も同じという縁もあって古くから面識はあるが、遅ればせながら後半戦の初戦=FC琉球戦(第20節)で実戦を生取材する機会を得た。そこで沼津の選手たちは期待通りの熱いサッカーを見せてくれたので、その魅力や可能性について報告したい。
今季の沼津の基本フォーメーションは、中盤が逆三角形の4-3-3。前に人数をかけやすい布陣で、守備では前線から激しくプレスをかけ、攻撃でも選手が湧き出るように飛び出して前に圧力をかけていく。琉球戦は18時キックオフで気温27.7度/湿度78%という条件だったが、選手たちはまったくペース配分することなく立ち上がりから自分たちのサッカーを全面に出し、押し込む時間を増やしていった。
その中で筆者がまず強い印象を受けたのは、カウンターを受けた際に前の選手が自陣に戻る速さだった。通常なら攻撃側のほうが勢いが出るシチュエーションだが、明らかに守備側の沼津のほうが反応もスピードも速いため、琉球がゴールに近づく前に追いついて止めることができていた。もちろん、ボールを失ったらすぐに奪い返しに行くカウンタープレスも徹底されており、琉球のカウンターを未然に防ぐ回数も多い。
攻撃から守備、守備から攻撃の切り換えの速さが徹底されている部分を見るだけでも、「超攻守一体」という中山イズムが浸透していることは確認できた。それでも中山監督は「そこはスタンダードにしなければいけないですし、それをさらに高いところに、スピードに持っていければと思います。でも今日はまだ緩かったんじゃないですか」と少しも妥協していない。
そして11分にはインサイドハーフの持井響太が良いタイミングでボックス内に飛び込んで相手のファウルを誘い、PKを獲得。これを持井が自ら決めて12分に先制点を奪うことに成功する。
その後もしばらくは沼津が主導権を握っていたが、30分前後からは中盤の隙間にパスを通されるシーンが増え、それを起点に押し込まれる時間が増えていった。そこは琉球の強みが出た部分でもあるが、「ファーストディフェンスが行った後のセカンドディフェンスがついて来られてなかったり、もう一歩寄せるところを寄せきれなかったり、取ったボールもすぐに失ってしまう場面が多かったので。そこの質とか頭の切り替えとか、すぐにポジショニングを取るというのは、この夏場はきついですけど、やっていかないと勝てないと思います」と持井は反省点を口にする。
前後半とも30分以降は前線の選手の足が重くなってくるのはしかたない。だが、それでもフィジカルや判断の質を上げることで守備の緩みをなくしていこうとする姿勢は、指揮官だけでなく選手も自分たちの問題として捉えている。
後半も、蒸し暑さの中で前半ほど強度の高い動きができなくなり、前半同様の膠着した展開が続いた。その中でゴールに迫られるシーンも増えたが、決定機は最小限に抑え、危ないところはGK武者大夢がよく止めて、「辛抱強く守れたというのも一つ評価できるところ」と中山監督も振り返る。
あとは、どこでフレッシュな選手を投入するかという状況だったが、中山監督はそれをギリギリまで我慢し、56分に1人、74分に2人、87分に1人を交代。中でも74分に入った佐藤尚輝と徳永晃太郎はまさに「切り札」となり、82分に左SB濱託巳の左クロスに佐藤がうまくボレーで合わせ、自身の今季初ゴールで追加点をゲット。86分には徳永が一瞬の隙をついてGKの上を越える左足ロングシュートを放り込んで3点目。さらに89分に徳永の左CKからキャプテンの菅井拓也が頭で決めてダメ押しした。
今季の沼津は、ラスト15分に27点中の12点(44%)を奪っており、終盤の得点力が際立っている。その要因のひとつが交代選手の活躍で、「どれだけ走って前半から出ていた選手たちを助けられるかというのが途中から出る選手の価値だと思いますし、僕自身ずっと途中から使ってもらって、信頼してもらってると感じているので、期待を裏切らずにやるべきことをやり続けるだけです」と佐藤は言う。昨年はチーム最多得点した選手なので、先発で出られない悔しさは当然あるだろうが、交代選手の役割が非常に大きい今年のチームの中で大きなやりがいも感じている。
もうひとつ終盤の強さの大きな一因としては、「練習が今までの中でもとくにキツくて、練習に行くのが憂鬱になるぐらいです(笑)。でも、だからこそ最後までみんなが走れていると思います」(佐藤)という超ハードなトレーニングがある。現役時代から誰よりも頑張り、無理が利き、身体の痛みにも非常に強かった中山監督だからこそ、理不尽なほどのハードワークも要求できるし、それに選手たちがついていけるのではないだろうか。
前回は0-3で完敗した琉球に、4-0の大勝でリベンジに成功した試合だったが、「今日の試合は前の10分、後ろの10分、それだけでした。まだまだ足りないものばかりだとは思います」と指揮官は厳しい言葉でチームを引き締める。
とはいえ、交代選手も含めて全員が惜しみなくハードワークし、チームのために献身的に戦う姿は、観ていて本当に気持ち良さを感じさせてくれた。まだ90分を通して自分たちの展開に持ち込むことはできていないが、できている時間帯では、相手を自陣に押し込み、セカンドボールも回収して攻め続けるというサッカーができている。観て楽しく、心から応援したくなるサッカーをしていることは間違いない。
アンカーとしてチームの舵取り役を担う菅井は、「(前の選手の動きが重くなった中で)ハイプレスをかけ続けるのか、プレスに行くラインを少し調整するのかとか、そういう試合運びの判断は(中山監督は)僕らに任せてくれています。ピッチ内の温度感というのを大事にして、中の選手の判断を尊重してくれるので、各々で良い判断でやっていきたいと思っています」と言う。とくに夏場の試合ではそうしたゲームコントロールが重要になるが、そこに選手が意欲的に取り組んでいることは、チームが次のステップに進んでいる証明でもある。
守備陣のリーダーであるセンターバックの藤嵜智貴も、今年のチームのやりがいを口にする。「監督、スタッフ、選手の全員が共通して思い描いてるサッカーがあって、それに対してみんなが一つになって、理想とするサッカーを作り上げようという気持ちをすごく感じます。それが見ている人に伝わってくれれば嬉しいですね。僕自身も、やることがはっきりしているのですごくやりやすいし、やっていて楽しいです」
「超攻守一体」であるだけでなく、チームとしての一体感も抜群。監督としてはルーキーだが熱量では誰にも負けない中山隊長が、見事な手腕を発揮しつつあるのを確認できたことも、筆者にとっては大きな喜びだった。
Reported by 前島芳雄