1アシストは半歩前進といったところだが、その半歩は彼にとっては大きな価値を持つ。6月7日に行われた2023年の天皇杯2回戦、名古屋グランパスにとっての大会初戦は思わぬ苦戦を強いられたが、前半に挙げた3得点のアドバンテージを何とか守りきり、チームは3回戦へと駒を進めている。後半に2点を追い上げられた中では貴田遼河がマークした3点目が決勝点ということになり、これがなければ事態はもっと危うくなっていたかもしれず、17歳はチームを勝利に導く大仕事をやってのけた。この得点をアシストしたのがアカデミーの先輩である石田凌太郎であり、試合後にはホッとした表情でその場面を振り返った。
「あれは練習の中でずっと遼河と話していた形でした。試合前にもあそこに入ってこいっていうのはずっと言ってたので、得点が入ってから、僕がアシストしてからもずっと『凌太郎くんありがとう!』っていう感じでしたね(笑)。クロスの感触としてもすごく良かったです。ノリくん(酒井宣福)が正直に競っても勝てていない場面がありましたし、そうなると高いボールというよりは、あそこの間に速いボールを入れれば何かしら起きるかなと」
試合前から、そして試合中を通じて狙い通りだったというこのゴール。その背景には石田の悔恨があった。5月24日のルヴァンカップグループステージ第5節、神戸との対戦で石田はロングボールの処理を結果として誤り、0-1の敗戦を喫する“決勝失点”の要因をつくってしまっていた。試合後に落ち込み、その後は何とかミスを挽回しようとトレーニングで一心不乱に走り、巡ってきたのがこの天皇杯だった。「自分のミスで負けてしまった責任を感じています。それは練習で取り返せるわけではないので、天皇杯でチャンスをいただけるなら、ピッチの上で監督に対しても、ファミリーの皆さんにも表現できれば」。指揮官のくれた名誉挽回の機会に石田は燃え、JFLのヴィアティン三重に対して激しく、強く闘った。
右のウイングバックとして出場し、ディフェンス面ではやや劣勢に陥る場面もありながら、石田は果敢に突破を図り、攻撃で存在感をアピール。「神戸戦の時もちょっと立ち位置自体が低かったとコーチから言われた」と、彼の持ち味である推進力を前面に押し出し、敵陣深くに侵入していく。逆サイドからのクロスにファーで詰め、コーナーキックのこぼれをミドルで狙い、最終ラインまで戻って守備をしてから、機会をうかがい前に出た。実ったのは2点李リードで迎えた42分のことだ。スローインをマテウスに預け、リターンをもらって縦へと突破。「良いところにボールが置けて、良いクロスが上げられた」。鋭い低空クロスに貴田は右足で方向を変えるだけで良かった。
後半はチーム全体が相手の勢いに押されて後退し、まさかの展開で2失点を喫して追い詰められはしたが、何とかしのいでチームは3回戦進出。反省の多い終わり方にはなってしまったが、決勝点のアシストで石田の汚名は少しは返上されたはずだ。しかし当の本人は少しの手応えを感じるだけで、それが自分の立ち位置を大きく変えてくれるものだとは考えていなかった。2失点のうちのひとつが、自分が決定機を外したあとのプレーだったこともその一因だが、「自分をまだ若手と言っていいかわからないけど」と語るその認識が、“こんなことで喜んでいてはいけない”と彼の心にくぎを刺す。
「今日は平均点じゃないですかね。まだまだ走れると思いますし、走らないといけない。1アシストなので、それがこの試合で2つの得点になっていたら、もっと監督にインパクトは残せたと思います。“1”では(和泉)竜司くんだったり、モリ(森下龍矢)っていう、スタメンの座を奪うにはまだまだ足りない」
それでもこのアシストによって、敗戦の責任を負ったモヤモヤだけは解消できた。だからこそ石田は試合後すでに次を見据え、気の緩みを許そうとはしなかった。その意気や良し。次こそは、次こそは、と挑んできたJリーグの舞台へ向かう切符はこの日の結果をもってその手につかんだはず。若手の奮起、交代選手の活躍を待望する指揮官の期待に応えるためにも、今度こそチャンスをつかみたい。アカデミー出身というその“出自”を誰よりも誇りに思う男は、トップチームの主力の座を奪うべく、謙虚に貪欲に結果を追い続ける。
Reported by 今井雄一朗