長崎県代表の三菱重工長崎SCと対戦した天皇杯1回戦で、レフティーのMF安藤一哉は後半最初からの交代出場となった。入ったポジションは4-2-3-1の右サイドハーフ。得意のドリブルで縦に仕掛けるだけでなく、カットインして利き足の左からシュートを狙っていくことが求められているのは明らかだった。
ファーストプレーから、そんな期待に応えようとする意欲があふれる。右タッチライン際でボールを受けると、素早くターン。一気に加速し、ドリブルで仕掛けた。
「僕が後ろ向きにプレーしても、相手は何も怖くない。大事なのは、アタッキングサードで前を向いて何ができるか。リキさん(髙木理己監督)にも、常に『そこを出してこい』とピッチに送り出してもらっています。消極的にプレーしても何も起こりませんからね」
今季、ガイナーレ鳥取からFC今治に完全移籍で加入すると、J3リーグのここまで10試合中、8試合で先発。途中出場の第3節・FC琉球戦では、試合終了間際に劇的な同点ゴールを決めている。天皇杯1回戦は、ベンチスタートとなった。
「苦しいゲームになるのは予想できた。早めの交代があるかもしれない」と、前半から準備していたという。ジェフユナイテッド千葉のU-15、U-18で育った安藤は、東京農業大学を経て、2020年に鳥取へ加入してプロとなった。プロに挑むアマチュアの立場を経験しているからこそ、異なるカテゴリーのチームとの対戦もある天皇杯の難しさは、あらかじめイメージしていた。
「例えば練習試合などで大学生がプロと戦うと、何だかんだでいいゲームになるんです。0-0が続くほど、『行けるじゃん』という雰囲気が強まっていく。そんな相手の気持ち、勢いを消さないといけなかったんですけど、いざピッチに入ってみたら想像以上に難しさがありました」
0-0で折り返した試合は、チャンスを数多くつくりながらことごとく決められず、じわじわプレッシャーが増していく展開だった。その中で、「何かを変えないといけない」と果敢に仕掛けた。だが、決定的な仕事はかなわず。試合は今治が20本放ったシュートの内、FWドゥドゥのクロスをFWヴィニシウスがボレーで合わせた63分のシュートが決まり、1-0で勝利。会心とはいえなかったが、チームは2回戦に駒を進めた。
「自分もチームもあれだけチャンスがありながら、決め切れなかったのは大きな反省点です。天皇杯だけではなく、リーグ戦にもつながる課題でもある。それでも次に進めるのは僕たちだし、6月7日の2回戦でJ1のアビスパ福岡と戦うのも僕たち。今度は僕たちが向かっていく側です。楽しみだし、全力で臨みます」
格上との対戦を心待ちにするのには理由がある。プロ1年目の2020シーズン、鳥取でレギュラーとして活躍しながら、新型コロナウイルスの影響で天皇杯の大会方式が変更となり、チームの出場はならなかった。
翌年の天皇杯2回戦でJ1のセレッソ大阪と対戦し、強い衝撃を受けた。
「すべてが違っていました。自分は寄せているつもりなのに、相手は何のプレッシャーも感じていないかのように一つのトラップ、ターンではがされる。技術レベルも高いし、ポジションの取り方も質が高かった」
だからこそ、やってやろう。そう意気込んだが、挑戦は20分足らずで突然、終わる。相手と交錯した際に、左ひざに全治8カ月の大けがをしてしまったのだ。
「憧れというんじゃない。カテゴリーは違っても、同じJリーガーですからね。そこで違いを見せられれば上に行けるんです。前回、セレッソとの試合で僕はけがをしてしまいましたが、幸い『J1相手でもやれる』と示すチャンスが、またあります」
新天地の今治で、着実に出場時間を伸ばす。だが、「持ち味を出し切れていない。何かモヤモヤする」のだという。来月の天皇杯2回戦は、殻を打ち破るきっかけになり得るだろう。
しかも、そこに至る道のりにもめぐり合わせを感じる。次の公式戦であるJ3第11節は、古巣の鳥取を今治里山スタジアムに迎え撃つ。まずは、今治でどれだけ成長しているかを堂々と示し、大きなチャレンジへとつなげていく。
Reported by 大中祐二