「今年のアビスパは違うぞ」。試合後のミックスゾーンで山岸祐也は福岡に関わる全ての人々の想いを代弁するかのように何度もこの言葉を繰り返した。
2023明治安田生命J1リーグ第7節の京都戦。今の福岡は先制点を失っても慌てることはない。78分にルキアンがPKで同点ゴールを奪うと、一気に畳み掛ける。「何と言ったらいいか分からないほどの喜び」と語る途中出場のウェリントンが82分に力強いヘディングで福岡復帰後初ゴールとなる決勝点を叩き出した。これで開幕からホームでリーグ戦4連勝。そのうち逆転勝利は2つ。ルヴァンカップを含めると6試合負けなしだ。特に終盤(75分以降)はリーグ戦4試合全てでゴールを記録し、それが全て決勝点につながっている。
「考え方としては必然を選手たちが生み出している、そういうふうにファン、サポーターが生み出している、そういうふうに思います。このスタジアムで、そういう雰囲気とか、そういうプレーをできている、これは事実だと思います」(長谷部茂利監督)
単なる偶然ではなく、必然と化している今の状況。最大の要因は長谷部茂利監督のチームマネジメントにある。まずは采配。先ほど挙げたリーグ戦ホーム4連勝につながった決勝点のうち、途中出場の選手が2ゴール、2アシスト。直接的にゴールに絡むだけではなく、途中出場の選手が必ずと言っていいほどチームにパワーを与えて「切り札」となっている。
「私は選手が入るときに混乱しないように伝えていることはいくつもあります。その中で実行して点数まで取るというところで言うと、入った選手と、中に入っていた既存の選手との融合がすぐにできるというところが強み」(長谷部茂利監督)
途中出場の選手の強みを生かしつつ、スタートからピッチに立ち続けている選手に対しても的確にタスクを整理し、ゴールに向かい続けるパワーをチームとしてさらに強くさせる。それを支えているのは紛れもなく福岡が大事にしている「一体感」だ。福岡の様々な選手に話を聞いていると必ずと言っていいほど出てくる「チームのために」という言葉。当たり前のことのように思うが、自分が結果を出さなければプロ選手として生き残れない世界でその言葉を口にするのは簡単でもそれをピッチで表現するのは簡単なことではない。それでもこのチームは勝つ為にトレーニングから一切妥協なく、厳しい競争を行う中で、国籍や年齢に関係なく、お互いをリスペクトし合い、助け合う気持ちを絶対に忘れない。
そんな一体感をよく表していたのがこの試合の1点目のPKのシーンだ。キッカーのルキアンにボールを渡したのは山岸祐也。前節の横浜FC戦でルキアンが獲得したPKを譲り受けて決めていたからこそ、この場面で想いを託さずにはいられなかった。「今日は濡らしたほうがボールが滑るので、水で濡らしてルキに渡したんですけれど、ルキは蹴る気満々だったので、『ルキ頼むよ。水で濡らしておいたから』」と伝え、キャプテンの奈良竜樹は「自信を持ってと。このチームのエースだ」と蹴る直前に声を掛け、背中をポンと叩いて送り出した。そして、サポーターも背中を押した。「『ルキ』みんなが付いているから大丈夫。いけるよ」という想いを乗せて。
「福岡さんのこのホームで醸し出す雰囲気も含めて、勝てない何かが自分たちにあった」と敵将の曺貴裁監督が評するように福岡のホーム、ベスト電器スタジアムには独特な雰囲気が存在する。映像だけでは伝わりづらいこの空気感。時間を追うたびに大きくなる声援と手拍子はスタジアムの屋根に反響し、何倍にも大きくなる。苦しい時間帯にピッチに立つ福岡の選手にとっては1歩前に踏み出す大きな勇気となり、相手選手には大きなプレッシャーを与える。それが“博多の森”の何よりのホームアドバンテージだ。
「(ホームの圧倒的な雰囲気は)めちゃくちゃ感じます。この前(第5節湘南戦)は(後半アディショナルタイムに)2ゴール取って逆転勝利したんですけれど、あの時なんてスタジアムの雰囲気のおかげというぐらい作ってくれたと思うし、相手も嫌だと思うんですよ、そういう雰囲気を作られるのって。強いて言うなら、もうちょっとお客さんが増えていってもらったらと思いますが、それは自分たちが勝っていけば増えていくと思うし、もっともっと自分たちもそうだし、フロントの人たちもそうだし、魅力的なチームになっていければ増えていくと思います。そういうゲームで今年は勝てているので、やっぱりスタジアムの雰囲気には感謝しています。強いて言うなら人がもっと入って満員のスタジアムでやりたいというのはあるんですけれど、そのためには僕らが結果を出し続けることで、そうすれば増えていくと思うし、もっともっとアビスパのサッカーを見に行きたいというお客さんが増えて、そうしたみなさんにこういうゲームを見せられたらなと思います」(山岸祐也)
ベスト電器スタジアムに響き渡る一人でも多くの声援が、手拍子が、きっと福岡を強くする力になる。筆者はそう信じている。
Reported by 武丸善章