名古屋U-18の“最新作”が、着々と力を蓄えていた。5日に行なわれたJリーグYBCルヴァンカップのグループステージ第3節で、名古屋の長谷川健太監督は「また新しい選手もいるので」と予告した上で新高校3年生の貴田遼河をスタメン起用し、「非常に良かった」と合格点を与えた。昨季も天皇杯のセレッソ大阪戦で起用されるなどそのポテンシャルを期待されてきた逸材だが、今回も得点こそ奪えなかったものの堂々たるプレーを披露。「45分持つかな、ぐらいかなとは思っていたが、もうちょっと使ってみようと思わせるようなプレーをしてくれた」と名将に言わしめた。
クラブのレジェンドが見初めた男である。出身のFC多摩での活躍を中学校1年生の時に見た当時のアカデミーダイレクター・山口素弘現GMはU-15スカウトだった中村直志現アカデミーコーチに「獲りに行け」と指示。そこから熱心に関東へと通いつめ、口説き落とした経緯がある。高校1年の頃はまだまだ線が細く、「パスが受けられない」と悩むほどにレベル差を感じていたが、それでも「抜群ですよ」(中村コーチ)とその才能とポテンシャルを買われてきた。たゆまぬ努力は実を結び、高校1年の終わりにはまず身体つきが変わり、2年生でU-18の背番号10を背負う存在に。2022年のプレミアリーグWESTでのパフォーマンスには本人も納得できるところは少ないだろうが、世代屈指のストライカーとして年代別代表にもコンスタントに選ばれ、そこでもさらに才能を磨いてきた。
そして今年のプレシーズンキャンプにも同期の鈴木陽人や長田涼平らとともに帯同し、猛アピール。沖縄での練習試合などの出場機会はかなり限られたが、「このぐらいやってくれるだろうという計算は立つ選手なので」(長谷川監督)という認識にまで己の立ち位置を持ち上げてみせた。シーズン開幕後のトップチームの練習試合では得点も記録し、「遼河だったら大丈夫」と、トップの先輩たちにもその実力を認められるまでになった。指揮官の期待は横浜FC戦当日のエピソードが非常に端的で、「彼が得点を取る夢を見て。『お前が点取る夢見たんだけどな?』と。『いや、正夢にします!』みたいな話し合いもしていたんです。ま、そうはならなかったですね(笑)」と話す長谷川監督の表情は、実に穏やかでまるで父親のようでもあった。
貴田の持ち味はFWとしての得点能力はもちろんのこと、ボールを収める能力にある。U-18ではフィジカル面でもかなり優位に立てるため、ロングフィードを一気に得点に結びつけることもしばしば。だが、今回の起用で見せた彼のスペシャリティは、ターンだ。「常にゴールを目指してターンすることを意識しています。足で相手をブロックしてターンするところは、自分の武器でもあると思っている」。大型の選手ではないが、DFのチャージに対して身体を浮かせるようにして、ボールごと回転して前に入れ替わる。「試合を見返しても攻撃の起点になったり、ロストがやっぱり少なかった」と長谷川監督は評価したが、その根幹を担っていたのが巧みなターンだったことは間違いない。貴田自身、そこが通用したことで「ターンすれば、ある程度はスペースも時間もあったので。そこからサイドに展開するか、自分でもう1回もらうかっていう選択肢があった」と試合を振り返っており、どれほどのアドバンテージをもたらしたかは推して知るべしだ。
惜しくも得点には至らなかったが、シュートの場面を作り出しただけでも2種登録の選手としては評価はできる。U-18では試合前、これでもかと大声を出してチームを盛り上げ、自分も鼓舞してピッチに向かう。2日に行なわれた今年のプレミアリーグWESTの開幕戦では、ビハインドを背負った状況で「お前らもっと闘えよ!」と“闘将”の顔も見せた。その直後に2得点を決めて逆転への道を切り拓いた有言実行ぶりは見事で、思い悩んだ過去2年間の経験が、大きな糧となって彼の中に息づいているようにも感じる。
「楽しみにしている方も多いと思うので、自分の力を証明してもらいたい」。多くの逸材たちを育て上げてきた長谷川監督が、背中を押した。貴田は舞い上がってもおかしくないトップチームの出番を振り返り、「もっとしっかり丁寧にやっていかなきゃいけないなと思いました」と冷静だった。これが何かを約束するものではなく、しかし貴田はまたひとつ上への階段を上った感触も強い。藤井陽也という久々の生え抜きの日本代表を輩出した名古屋において、早くもニュースター候補の産声を聞いたような気がした。
Reported by 今井雄一朗