「伸びてくるねえ。懐かしい!」
2023年のチーム始動日となった1月8日、いわゆる“鳥かご”の際に中谷進之介が発した言葉だ。誰のことを言っているかと言えば、湘南への期限付き移籍から復帰した米本拓司のことである。この練習、守備側はどうしてもボールの行方を追いかける不利な立場にあるものだが、米本は追いかけながらも予想外に足が伸びてパスをカットしてしまう。コンタクトプレーの激しさやそれに伴う闘争心、貪欲という言葉では表現しきれない荒々しいプレースタイルに目を奪われがちだが、こうしたしなやかさや一歩の鋭さ、伸びやかな動きもまた、米本という男の持ち味だ。
それはチーム始動日から、そして10日から始まっている沖縄での一次キャンプでも存分に発揮されている。もっとも、現状ではむしろ闘争心や激しさの方が目立ってはいるのだが。それはある意味で当然のことで、シーズン始動から4日目にしてなぎ倒すようなチャージや身体を投げうつようなシュートブロックを見せているのだ。今年で33歳という年齢は間違いなくベテランの域だが、その仕上がりは驚くほど早い。長谷川健太監督が「一次キャンプは身体づくりとチームづくり」と語る中、すでに米本は臨戦態勢にあるのではと言う印象すら抱かせる。
山口素弘GMによれば、米本の復帰は昨年末に手術に踏み切った稲垣祥をサポートする意味合いもあったという。昨季、3-5-2あるいは3-4-3というフォーメーションを確立したチームにおいては、稲垣をフル稼働させなければいけなかったボランチの選手層拡充という課題もあった。今季もキャプテンを務める稲垣は不可欠の戦力ながら、負傷後のケアには慎重を期したい部分もある。アンカーポジションには甲府から山田陸も獲得しているが、状況や相手によってはスキッパータイプの守備的MFは確保しておきたいところ。米本は稲垣と組ませても相性が抜群で、戻さない手はない強力な“補強”であった。
米本の戻った名古屋の中盤は強烈である。ファストブレイクの深化、そして2列目の攻撃力増を目論む指揮官にしてみれば、米本は中盤のどのポジションでも起用に応えてくれる有用な選手となり得る。アンカーならばDFラインの強力な援軍として、インサイドハーフでもプレッシングの効果向上が十分に見込める。湘南でのプレー、そして始動した今季の名古屋でのプレーを見ていても、米本のプレービジョンには拡がりがあり、視野の広いパス選択と展開力も面白味はある。逆の発想で言えば山田のようなプレーメイカーを中盤の底に置き、稲垣や米本、和泉竜司のようなインテンシティの高い選手をインサイドハーフに配することで、強力なプレスと安定したビルドアップを両立させることも可能なはずだ。
何より、勝利への飽くなき執念はチーム随一で、ベテラン若手を問わずそれは最高のスパイスとなる。これでもかと身体を張れるのも、苦しくてもその一歩が出せるのも、彼のタフなメンタリティあってのこと。身を削るようなプレーは時に感動的でもあり、サポーター人気も高い。「このチームでタイトルを獲りたいという気持ちで戻ってきた」。まさに粉骨砕身。リーグきってのファイターの言葉が嘘でないことは、早くも沖縄のピッチで証明されている。
Reported by 今井雄一朗