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【取材ノート:藤枝】「究極のエンターテイメントサッカー」を目指して成長を続けるJ3藤枝。須藤大輔監督が考える「理想と現実」のバランスとは

2022年9月26日(月)
元祖・サッカーの街として知られる静岡県藤枝市で、今再び新たなビッグウェーブが生まれようとしている。その源は、昨年7月に就任した須藤大輔監督が率いる藤枝MYFCだ。

昨年の就任時から、ボールを圧倒的に支配しながら得点を重ねていく超攻撃的サッカーを実践している須藤監督は、今季の新体制会見では「究極のエンターテイメントサッカーを作り上げたい」と堂々と宣言。その理想に向けて一切妥協することなくチーム作りを進め、苦しい時期もあったが、6月末から7月にかけてクラブ新記録の6連勝で昇格圏内の2位に浮上した。

その後は、2節連続で天候の影響によって試合中止となり、4週間ぶりの実戦で試合勘が鈍っていたところで首位のいわきに完敗。さらに9月には、延期された2試合を消化するため15日間で5試合という過酷な連戦が組まれるなど、受難続きだった。

その5連戦では、相模原戦と沼津戦で早い時間に退場者が出て、2戦連続して長時間10人で戦うというトラブルもあった。だが、選手たちは非常にタフな戦いを続けて4勝1分という結果を残し、現在は2位の鹿児島と勝点1差の4位という好位置に戻ってきた。

直近の愛媛戦は、インターバルが中2日、中2日という過密日程で疲労困憊だったはずだが、多くの時間ボールを支配しながら何度もチャンスを作り、シュート数は18本。愛媛のGK徳重健太の好守もあって得点こそ1点に留まったが、コンディションの差をまったく感じさせない力強さを見せつけた。


最大の魅力である美しいサッカーだけでなく、苦しい試合でも勝点をつかみ取る粘りや勝負強さを身につけてきたことがチームの進化を証明している。

一般的には、理想主義的にサッカーの美学を追究するチーム(監督)は、結果が出始めるのに時間がかかり、志半ばで監督交代に追い込まれることが多い。とくにJ3ではその傾向が強く、現実主義を徹底したチームのほうがJ2昇格を勝ち取っているケースが目立つ。須藤監督のスタイルに対しても「あのサッカーじゃJ3では勝てない」と言われることが多かった。

だが、今の藤枝はその一般論を覆しつつある。そこで須藤監督に、理想と現実の天秤について直球で質問してみた。

「理想のほうがバランス的にはかなり多いですね。だから、できなくても我慢する。たとえば横パスがずれる、サイドチェンジのパスがカットされてカウンター食らうこともある。『じゃあ難しいことはするなよ』じゃなくて、とことんやろうと。サイドチェンジをやめてステーションパス(各駅停車のパス)でいくというのでは本末転倒だし、後ろ向きのミスというのは何も生まないので。ただ、手前でミスるより奥でミスろうと。ミスは絶対あるから、リスクがより小さくなるようにミスの種類を変えていくことを選手に求めています。とにかく理想は絶対に下げない、難しいことをやり続けるというのは変えません」(須藤監督)

とはいえ、理想を追求しながら結果を出していくというのは容易ではない。だからこそ、理想を実現するためのアプローチは、逆に徹底して現実的かつ地道なやり方をとっている。

「まず、止める・蹴るのところ。今年はワードを変えて『止める・渡す』と言ってますが、そこを突き詰めていくことが、まず重要です。そこをスキップして、ポゼッションとかボール回しから入ると、ボロが出てくる。ファーストタッチが足元に入ってしまって、1つ出してからパスを入れるから相手に食われたり、次の選手に時間がなくなったりする。それでボールを失ってカウンターを食らう。だからこそ、中学生とか小学生の練習かもしれないけど、トラップひとつ、キックひとつのこだわりをどれだけ落とし込めるかだと思うんですよ。そこがあれば立ち返るところがあるし、ボール保持を捨てることなく相手のゴールまで運ぶことができる。選手にとってはつまらない練習だと思いますが、その大事さはずっと言い続けています」(須藤監督)

藤枝の練習を取材に行っても、全体練習が終わった後、自主練で止める・蹴るのシンプルなトレーニングを繰り返している選手が非常に多いことに気づく。その地道な積み重ねが、華麗なパスサッカーにつながっていることは間違いない。

また今季はインテンシティの強化にも力を注いでいるが、それも理想の実現のためには絶対に欠かせないピースだからだ。

「我々の理想はハーフコートゲーム。それをやるにはハイライン、コンパクトフィールド、ハイパワーのハイプレスが必要です。それでもプレスをかいくぐられるときがあるから、全速で戻らなければいけない。相手はハイプレスを嫌ってロングボールを蹴ってくるから、そこの競り合いでもデュエルの強さがなきゃいけない。そう考えると、理想を追い求めるにはインテンシティや走力というのは絶対に欠かせません」(須藤監督)

藤枝の練習では、単純に走るだけのトレーニングはほとんどないが、ボールを使ったトレーニングの強度は非常に高く、それをシーズン中もやり続けている。チームとして90分間で「走行距離130km以上、スプリント回数130回以上」を指針として選手たちに伝え、フィジカル面でも高い理想を求めている。

理想には絶対に妥協しないが、そこに至るためのアプローチはきわめて現実的。昨年から藤枝を見続けている人であれば、その成果が着実に表われていることを実感できているはずだ。だからこそ応援していて楽しくてしかたないだろう。筆者もまさにそう感じている1人だ。

もちろん選手たちも、自分たちの成長を実感し、大きなやりがいを感じている。今季熊本から移籍してきた小笠原佳祐は、次のように語る。

「今回の連戦でも、タフさとか成長は結果に出てるんじゃないかなと思います。監督も内容と結果の両方を求めてますし、監督の理想に少しずつ近づいてる感覚はあると思います」

だからこそ選手たちも楽しくてしかたない。楽しいから一体感も抜群。その意味でも、ブレイクするチームに必要な条件は揃っている。

藤枝に注目するのは、今からでも遅くはない。なぜならJ1まで翔け上がるには、まだまだ時間がかかるからだ。

もちろん、今季のJ2昇格が保証されているわけではない。これからも8~9月のような苦しい時期はあるだろう。ただ、それを乗り越えていくだけのしつこさと尽きない向上心が、チーム内に備わってきたことは間違いないだろう。

Reported by 前島芳雄