一度でもレオ シルバと話したことのある人なら、何となく感づいているのではないか。「日本語を理解しているのでは?」と。取材の場で質問を投げかけると、たいていの外国籍選手は通訳が訳してくれるのを待つ。だが、レオはこちらの表情を見ながら、そして頭の中を探るような顔をしながら、質問を聞いている。そして通訳の言葉を聞きながらフンフンと軽くうなずき、訳し終わると合点がいったかのように大きくうなずき、返答を始める。やっぱり、このベテランは日本語を理解している。とある日の試合後、質問を終えて帰っていく彼を呼び止め、聞いてみた。日本語の質問、理解してますよね? 36歳のブラジル人はにっこりと笑って「理解しています」と答えた。
今季でJリーグ10年目の選手だけに、それも納得と言えば納得だ。だが、どれだけいても日常生活に困らない程度の日本語しか覚えないパターンは多く、記者の質問を理解できるぐらいに日本語を覚える選手は意外に少ない。同じ名古屋で言えば有名なのはストイコビッチで、取材には常に英語かフランス語で答えていたが、選手としての晩年、そして監督時代には実はこちらの日本語はほぼ理解していたという。会見の質問に食い気味に答えたり、監督の就任会見の際に馴染みの記者が「〇〇新聞の〇〇です」と名乗るとやはり食い気味に、「あーそうですか」と返して笑わせたり。一説にはヒアリングだけでなく、喋る方もかなり達者との情報まであるほどだった。
日本語が達者といえばマギヌンという選手もいた。奥さんが日本語の勉強に熱心だったという話で、彼もまた日本語が上手だった選手だ。忘れられないのが2010年、田中マルクス闘莉王が古巣の浦和を相手に先制点を奪い、ひどく静かな表情で自陣に帰ってきたことがあった。前所属チームへの敬意を払い、ゴールセレブレーションを控えるのは今となっては常識であり、そこからさらに感情を爆発させる選手もいていい、という見方も広まってきたが、当時は逆に少し考えてから理解されるような振る舞いでもあった気がする。そのことについて、試合後の取材エリアでチームメイトに聞こうとしていたところ、通訳を伴っていないマギヌンがいた。もしかして、日本語でもいけるかも…と思い恐る恐る話しかけると、彼はこう答えてくれたのだ。
「あれね、わかるよ。あれはリスペクト。僕も川崎相手にゴールした時と同じだった」。
わかるよ、リスペクト。日本語で、である。他にも中東移籍から日本に帰ってくる際、元同僚の小川佳純に「ダヴィです。日本に帰ります」と電話をかけてきたというダヴィや、すでに5か国語を操るシモビッチも相撲好きが高じてか、かなりの日本語理解力を誇っていたのを思い出す。そういえば現在のチームメイトであるマテウスも、日本生活が長くかなりの割合で日本語が通じる。コロナ前はよく、他愛のない会話を取材エリアでしたもんだ…。話が脱線しすぎたが、レオもまたそういった日本語が通じる外国籍選手で、それを知ってからは逆に通訳なしで伝わるような言葉選びを質問の時にするようになった。これぐらいなら通じるかな、あ、通じてそう、とレオの表情を見ながら質問するのは、実は今季の楽しみの一つだ。
もちろん、通訳が不要なわけではない。日本語の聞き取りはかなりできるというだけで、やはり質問に答えるためには通訳による質問の咀嚼と、母国語でしっかりとニュアンス含めて答えることが不可欠だ。質問を始めるとこちらをじっと見つめて言葉を理解しようとする彼の姿勢には、記者として何だか背筋の伸びる思いもする。
チームメイトの信望を集める人格者で、性格も穏やかでフランク。新潟時代には試合後に「ナイスプレーだったね」と通りすがりに声をかけると、「ありがとう!」と握手をされたこともあった。19日の磐田戦は、名古屋にとって今季2度目の声出し応援ができる試合となるが、覚えておいてほしい。レオも、あるいはマテウスにも、サポーターの声は届いているだけでなく、伝わっている。ぜひとも熱い応援を、鼓舞する声援を、そして結果に対するリスペクトある声掛けを送ってほしい。最後はややこじつけに近くなったが、彼らを笑顔にする言葉を、スタンドから贈ってほしい。
Reported by 今井雄一朗