いつの間にか引き込まれて、ついつい耳を傾けてしまう魅力が齋藤学の声にはある。曰く、「フロンターレにいた頃は声出しすぎて怒られてたぐらい」にピッチ上では雄弁にして多弁。その内容は戦術的な指示からベテラン若手を問わず鼓舞する声、あるいは攻守の切り替えを促すスイッチャー役まで幅広い。昨季まではフィッカデンティ監督がピリッとしたムードの練習を好んでいたためボリュームどころか口をつぐんでいたぐらいだと言うから、自らがムードメイカー役もこなす長谷川健太監督の下ではもう全開である。
だが、それが実に耳触りがいい。攻守の局面を問わず常に味方に声をかけ、若手は褒めて励まし、ベテランもやはり褒めて励ます。およそ彼の口からネガティブなワードを聞いたことはなく、一番近いニュアンスなのは「~できない?」という要求の声ぐらい。それも「今ここでプレスをかけたいからそこでチェイスできるか」という類のもので、強くそのプレーを求めているのではなく、どちらかと言えば提案レベルと言ってもいい。当然、言うからには自分もハードワークに汗を流し、守備の任務にも精を出すから勤勉である。今季の沖縄でのキャンプの際、彼はこんなことを言っていた。「ほんとにチームが良い空気になるために一生懸命に。そして自分が表現しやすいように。楽しい雰囲気なら楽しい声も出すし、みんなを励ます時は励ます」。ドリブラーとしての矜持もアタッカーとしてのプライドも失っていないが、それ以上にやるべきことが今の齋藤にはある。
チームが3-5-2にシステムを変更してからは新たなポジションへの挑戦も始まっている。当初はツートップの一角だったのが、最近は横浜FMとのエリートリーグからはウイングバックを担当するようになった。走力と守備力が不可欠な難しいポジションだが、齋藤は経験を生かした立ち位置の取り方、ボールへのアプローチの仕方でうまくメリハリをつけつつ対応し、かつ必要とあらばDFラインの裏を狙う猛烈なスプリントも見せた。ボールを持てば当然のように仕掛け、得意のカットインシュートをちらつかせつつ、攻撃に厚みを加える。ちなみにカットインからのシュートは沖縄キャンプでの居残り練習を見るに非常に好調で、それは今現在もしっかりと彼の足に感覚として残っているのは間違いない。あまりプレーしているのを見たことのないポジションながら、左サイドからゴール前を眺めることができるこの配置は、齋藤の新たな可能性を示唆するに十分な説得力を持っていた。
それでも誤解を恐れずに言えば、今季のいや名古屋の齋藤の魅力はやはりその声だ。彼が発する言葉にはチームの状況やそこを打破するアイデアがあり、味方のプレーを純粋に称えて喜ぶ素直さが満ち満ちている。それでいて自らのプレー機会を無駄にすることなく、かつ明晰な状況分析の結果をその場でチームに発信していく。頭も身体も口もフル回転で戦うフットボーラーの生きた声は、歓声が出せない今の状況下のうちにたっぷりと堪能しておきたいものだ。
Reported by 今井雄一朗